第268話


「そっちも終わったか?」


 極度の筋肉痛のような痛みを押し殺し、異常などないかのように振る舞う。


 …………しかしなかなか返事は返ってこない。


 ぶっちゃけ両強化の四倍を使用した後は、出来るだけ動きたくなくなるのだ。


 痛みが抜けるのを楽な体勢で待っていたい――から、早いところ問答を終わらせたいのに……。


「そっちも終わったか?」


 再びの問答に……やっぱり呆然とした表情のまま動かないチンピラAとチルル。


 ……もう面倒だなぁ。


「……なんだ? 何があった?」


 そこに駆け付けてきたボス格冒険者ランドンが、惚れた相手と弟分を守るために前に出てくる。


 若干の足の震えは見逃すのがマナーだろう。


 カッコつけているのはお互い様なので。


「別に。大したことじゃない。狩り場が近かったってだけだ。お互いの獲物には不干渉……が、暗黙の了解だよな?」


「あ、ああ。当然だな……」


 当然と言いつつもランドンの視線は頭が無くなったワイバーンの死体に釘付けである。


 うん、だよね? 自分でも無理を言っている感がある。


「と、言いたいところなんだが……」


「……なんだ?」


 話の風向きの変化に、兄貴分が敏感にも反応した。


「実は俺の目的っていうのは、こんな蜥蜴の生死程度のことじゃないんだ」


 君らの安全確保が目的です。


「……じゃあ何が狙いなんだ?」


 答えるランドンの声が少しばかり上擦っている。


 最悪の想像でもしているのだろう。


 そんな訳無いのにねえ?


 だが、このまま『はい、良くやった』じゃ同じことを繰り返すかもしれない。


 なんとか言い包めたい。


 …………よし。


「ワイバーンの存在を秘匿……していたな?」


「――ッ! あんた、ギルドの内偵員か?!」


 ……え?


「……そうだ」


「やはりか。どうりで強い筈だ……!」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるランドンに、心の中で冷や汗を掻く。


 ――――あるの?! そんな内偵調査機関みたいな部署が?


 いやでも……そっか。


 ギルドと一口に言ったところで、大きな組織なのは今更な訳だし……あってもおかしくないと言うか、あるべきなのかもしれない。


 こちらとしては、情報の秘匿というか知ってるんだぞ? 的に話を進めるつもりだったから好都合と言えば好都合だろう。


 流石にワイバーンのような魔物を村の近くで見つけたのなら報告の義務があるのでは? 程度に思っていたから……その方向で注意を促すつもりだったのだが……。


 もしかして予想より悪いことなのか?


「俺がここにいる理由は……言わなくても分かるだろ?」


 俺は分からない。


「あ……そういえば、ワイバーンを……探してる、って……」


 ボソッと呟いたチルルの声が予想より大きく響いた。


 ナイスだ。


 適当な言い訳だったが、お陰で説得力が上がったよ。


 ランドンの顔に汗が浮かぶ。


「……別に魔物の発見報告は義務じゃない筈だ」


「そ、そうだぜ! なんだよ?! 一々ゴブリンが何処にどれだけいるとか報告する奴なんて居ねえだろ?! 文句あんのかよ!」


「おいおい。ゴブリンとワイバーンが同じ危険度か? だとしたら俺の助力は余計なお世話だったかな?」


 食って掛かるチンピラAに死屍累々と転がるワイバーンの死体を視線で促す。


「うっ」


「待て。助力には感謝する。だが天峻山脈にワイバーンがいるなんて今更だろう? これは――」


「――秘匿じゃない、と?」


 引っ掛かっているのはそこだろう。


 恐らくは曖昧な分け方が存在するのだ。


 『秘匿』と『無報告』には。


 いずれもギルド側が処理出来るような文面一文などが存在するんじゃないだろうか?


 それで決定権もギルド、みたいな?


 法律に別の解釈を充てる弁護士の抜け穴が存在するように。


 普段なら気にならないような規則が。


 焦るランドン達に、さも『どうしようもない』と言わんばかりの溜め息をつく。


「ここが天峻山脈だとは思わなかったが?」


「……麓の範囲ではある筈だ」


「数が多かったのはどう見る? 繁殖したとは考えないのか?」


「俺達が見つけたのは……最近だ。成体が育つ程の期間じゃない。元からあった群れ……だと考える」


 あ、嘘ついたな。


 お前ら充分準備してたじゃねえか。


 どう考えても最近じゃない筈だ。


 それはワイバーンの挙動からしてもそうだろう。


「……」


「…………あ、…………クッ」


 嘘はバレているとばかりに、瞳に冷たさを宿してランドンに圧力を掛ける。


 …………もう充分脅したかな?


 いくら圧力を掛けようが、実際に罰を与えられるわけじゃないのだ。


 だってギルドの調査員じゃないし。


 充分に怖い経験をしたと思わせたのなら、適当なところで切り上げて――


「す、すまねえ!」


 チンピラAが前に出てくると、突然頭を下げた。


「お、俺なんだ! 俺が黙ってようって言った! 全部俺が悪ぃ!! だから頼む! 兄貴への処分は待ってくれねえか?! 兄貴はすげぇ奴なんだ! きっとすげぇ冒険者になる!! ギルドだって有望な冒険者を罰したくねえだろ?! なあ頼む! ……頼むよ」


 お前ねぇ……。


 正直か。


 言葉を失くすチルルとランドンを余所に、エウィードが頭を下げ続ける。


 なんか……はあ〜あ、って感じだ。


 頭を下げている姿が、何だが見たことのあるような誰かさんにダブってボソッと呟いた。


「……いい奴ってのは、直ぐ死ぬからな。気をつけろよ」


「え? あ? なんだ? なんつった?」


「何も。……今回は他に犠牲者も出てないみたいだからな。不問に付す。だが次はない。――――覚えておけよ?」


 念の為に、迫力を出すべく全力で魔力を放出した。


 それが意味を為したのかどうかは分からなかったが、怖気づくランドンが何度も頷いていたので、心配はいらないだろう。


 ここまで、だな。


 流石にこれ以上はない。


「……じゃあな」


「あ、おい!」


 なんだよ? もう喋ることなんてないぞ?


 この場を離れるべく走り出そうと踵を返したところでエウィードに話し掛けられた。


「ワ、ワイバーンは……持って帰らねえのか?」


 ああ、そういう?


 没収されるとでも思っているのか、エウィードの表情は必死だ。


 ……まあ、装備にお金掛かってそうだったもんなぁ。


「言っただろう? 不問だ。お前達が狩った獲物はお前達の物さ。好きにするといい。……ああ、ついでと言ったらなんなんだが、こっちのワイバーンも持って行きたいなら持っていっていいぞ。俺には不要だからな」


「は……はあ?!」


 エウィードの叫び声を背に受けながら、もう用は無いとばかりにその場を後にした。


 こちとら護衛しか受けたつもりはなかったからな。


 これにて依頼完了である。


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