第266話


 道具有りきの幸運待ち。


 しかし得られるリターンを考えれば、やらない手はないだろう。


 チンピラ冒険者共の気持ちは、よく分かった。


 俺だってゲームの序盤に多大な経験値と金銭を得られる手段として知っていたのなら、リセマラ余裕でやったかもしれない。


 そのうえで現実なのに初回レアを引けたチンピラ共のヒキは、ここが日本ならガチャを全部回して貰うまである。


 本当に存在するんだなぁ……そういう幸運。


 てっきりそういうレビューって運営が雇ったバイトなのかと……。


 ――――でも現実には揺り戻しが存在するのだと言われんばかり。


 片方に振れた天秤が、バランスを取るべく反対側にも重りを載せられるように。


 古来より、宝くじが当たれば車にも当たると言われるように。


 不運がダンプでやってきた。


 ……不運に振れたからといって幸運になることはないのになぁ。


 世の中の理不尽が炸裂している。


「…………そん、……」


 俺が見ていた方角から、何がやってきているのかを知ったのだろう。


 絶句したチルルの体は、既に震えていなかった。


 そんなことをしている場合ではないと体に急かされているかのように。


 呟かれた声に一瞥したチルルへの視線を切って、再びハッキリと見え始めているワイバーンのへと目を戻した。


 結構来てる。


「ひい、ふう、みぃ……って多いな?」


 ワイバーンって群れるんだっけ?


 そういえばそんな記述を読んだことがあるようなないような……。


 そんなことより、チンピラ冒険者共が正面から討伐出来るかどうかの方が重要だろう。


 ワイバーンの実力は、ダンジョンの深層に潜る冒険者パーティーなら問題なく倒せそうなものに見えた。


 厄介なのはその翼と、吐けるとしたら討伐が困難になるだろうブレスぐらい。


 防御能力はそんなに高くなさそうなので、下手したらダンジョンの中層ランクのパーティーでも正面から倒せるかもしれない。


 チンピラ冒険者共は道具とランドンの腕力で突破出来ると考えていたようだし。


 重要なのは飛行能力。


 あれで餌場となる岩場地帯で戦闘になるのなら……なるほど。


 その翼は如何ともし難い。


 何が何でも使用不能にする必要があった。


 ……ほんと、あいつら運がいいな。


 しかしガチガチにやり合うのなら、残念ながら実力不足とも言える。


 しかも複数。


 もはや逃げることも叶わないだろう。


 本来ならバラバラに逃げることでリスクを分散して生存率を上げるというのが、ダンジョンにいる時に学んだ離脱方法なのだが……。


 こんな見晴らしのいい場所で、あちらの方が速いとなれば、やんぬるかな。


 お手上げである。


 ご愁傷さまである。


 念仏である。


「……うん?」


 そんなことを考えていたらチルルがローブをグイグイと引っ張ってきた。


 ああ……『助けてくれヘルプサイン』かな?


 大丈夫だよ、元よりそのつもりで――


「に、逃げてください!」


「……」


 思い出したようにガクガクと体を震わせるチルルが、幼馴染であるチンピラ共を指差す。


「わ、わたしも! あの……知り合い、知り合いなので! エウィード達に知らせてから、逃げます! から! だから、先に! 森へ!」


 なんというか……これが人間性というやつである。


 齢を重ねたオジサンには無い発想だよ……。


 ちょっ、やめてやめて?!


 こちらの小ささが浮き彫りになっちゃうからぁ! これ以上はイジメないであげて?!


 分かったよ! いや分かってるよ?!


 宿題やればいいんだろ?!


 既に走り出しているチルルは、一目散。


 まだあちらのワイバーンだって生きているというのに、自分が目立つことが何程のものかと声を上げながらチンピラ共に近付いていく。


 今、森に逃げれば……チルルだけなら助かった可能性が高いっていうのに。


 あれじゃチンピラ共や俺よりも目立っている。


 標的にされやすい。


 いや、標的になろうとしているのかもしれない。


 ほんと――――


「……いい女だなぁ」


 そういうのに限って心に決めた相手がいるもん予約済みだけど。


 チルルが駆け出した方角とは逆の方へと歩を刻む。


 練り上げた魔力が濁流のように解放される。


 重ね掛けには、従来必要な魔力より遥かに大きな魔力が必要になる。


 いざとなったら後ろの方で叫んでいるチルルを守るために、身体能力強化魔法と肉体強化魔法の併用を切らすわけにはいかない。


 更にそのうえで、竜巻と風刃を使用するとなれば、莫大な魔力が必要になるだろう。


 しかし、今日は絶好調なのだ。


 なにせ二日前に風呂に入ったばかりだし、魔力が減っているということもない。


 本来なら倒す必要があったかもしれないワイバーンも、新人冒険者共の工夫が嵌ってくれて、一匹減ってくれている。


 楽で楽で仕方がないよ……ほんと。


 奥の手四倍を使う必要もなさそうなうえに、魔力が半分を割ることも然り。


 何より腹に一物抱えてそうな奴がいないというのが、特にいい!


 ふと、自分の思考を思い返して、乾いた笑い声が溢れた。


「……この状況で『楽そう』なんて思えるようになるなんて」


 …………どうしてこうなった?


 このあとの人生がちょっと怖いんだけど。


 不満を空に放つかのように――


 巨大な竜巻が、襲来したワイバーンの群れの真ん中に現れた。


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