第265話
「お、おぉ……」
『静かにな』と言った側のくせに声が漏れた。
少しばかり場所を移して、森に近い岩場に陣取っている。
大人しく着いてきたチルルも、声を押し殺さんと両手で口を塞いでいるが、見開いた目が口程に物を言っていた。
――――大きい、と。
顔に掛かる影から、まだ上空を回っているというのに、その大きさを実感出来るぐらいには巨大だ。
一口にワイバーンと言っても、どこか竜の劣化版のようなものを想像していた。
しかし実物を見れば、そんな考えもどこへやら……想像よりも勇壮で、また畏怖を抱かせん凶暴さも内包していた。
今いるのは腕と翼膜が一体となったベーシックなタイプようで、滑空するように風を切って空を飛んでいる。
その瞳には餌となる生物でも映しているのか、岩場の上空を品定めするかのようにグルグルと回っていた。
見えているのか、いないのか……。
いざとなったらチルルを抱えて森に避難するべく動こう。
彼等には来世を期待するということで、なんとかならないだろうか? ダメ?
だとしたら問題が一点。
ギョロギョロと動く、瞳孔が縦に裂けている金色の瞳が、執拗にこちらを追い縋って来ているように感じるのだが?
いつでも森に逃げ込める位置だというのに、何故か注目がこっち。
おかしいな? 美味しそうな餌が三つも近くにある筈なのに……。
囮……もとい手柄を譲ってやるべくチンピラ冒険者共の様子を確認する。
それぞれがいつの間にか岩場地帯に溶け込めそうな迷彩服に着替えていた。
罠は仕掛け終わったのか、ワイバーンの動きを目で追いながらも微動だにしていない。
恐らくは見つからないためなのだろう。
……用意周到だなぁ。
お陰さまでマヌケは黒いローブとオークも引き寄せてしまう三つ編みということになった。
向こうも獲物を見定めたのだろう、徐々に高度を落として……いや、一直線で突っ込んでくるな。
下手した。
「〜〜〜〜ッ?!」
それでも声を上げまいとするチルルが健気だ。
幼馴染の邪魔にはなりたくないのだろう。
ごめんね? 素人が見学なんて申し出て。
「――――今だ!」
さっさと退散することに決めた俺がチルルを抱える前に、チンピラ冒険者共の声が響いた。
滑空して降りてきたワイバーンの背後から、翼膜目掛けて発射されたのは設置式のアーバレストのようだ。
ワイバーンのサイズに合わせたと言わんばかりの巨大な矢が、その翼膜を貫いて飛び越していった。
正面から相対していれば……恐らくは避けられた代物だろう。
一射撃つのに準備がいるし、何より狙いを定めるのに時間が掛かる。
相手の回避行動に合わせた動きがしにくいに違いない。
自然と餌役になってしまったのだが……本来の囮はどうするつもりだったのか……ああ、ゴブリンかな? ゴブリンだろうなあ。
今も、まさか囮役を幼馴染の女の子が努めたとは思っていないチンピラ共が、初撃の成功に歓声を上げている。
思わぬ攻撃を受けたワイバーンが、本来の飛行ルートを逸れて着地した。
岩石地帯に響く轟音、巻き上がる土砂、削り取られるように出来た道。
ワイバーンも無事には済まないだろう不時着ぶりである。
「……上手くやったな」
「――!」
今だ口を手で隠しているチルルが、涙目ながらも幼馴染共の成果に嬉しそうに頷いている。
……いや、もう外していいよ? それでなくとも聞こえやしないだろうし。
雄叫びを上げるワイバーンは、しかし翼膜には穴が空き、再び飛び上がるのは困難に思えた。
充分な速度で突っ込んで来ていたせいか、翼腕と足の片方が変な角度で折れ曲がっている。
「油断は無しだぜ! 兄貴!」
「ハハハ! 任せとけ!」
「後ろからな? 後ろから!」
もはや死に体一歩手前となったワイバーンに、それでも慎重に近付いていくチンピラ冒険者共。
手には別の罠と、赤く光る魔晶石を持っている。
……心配するほどじゃ無かったかなぁ。
それでも放っておいたらチルルが危なかったと考えれば、残っていて良かったと思える。
今だにコクコクと頷いているチルルは、しかし怖さと嬉しさで自分がどういう状態にあるのか分かっていないように見えた。
足が震えているのは間違いない……いや全身だな。
チンピラ共がワイバーンにトドメを刺した後、村まで送っていくとしよう。
とても一人では帰れまい。
チンピラ共はチンピラ共でワイバーンの運搬で大変だろうし。
近付いてくる人間に気付いたワイバーンが、威嚇なのか怒号なのか叫び声を大きくして穴の空いた翼を広げた。
「火を吐くかもしれねえ! 予定通り正面は避けんぞ! 兄貴は……」
「分かってるよ! 無理はしねえ! 念の為に水晶石も持ってる!」
「火晶石投げていいか?! もう投げてえよ! これ以上近付くのは怖え?!」
どうやら高価な道具メインの討伐らしい。
初撃が想像以上の成果を上げているようだ。
それでも己の実力は十二分に把握しているようで……討伐は成功しそうである。
キチンとトドメを見届けたら、チルルを――――
「…………あ~あ」
「……? …………あの……どうかしましたか?」
ようやく手を口元から離したチルルが、眉間に指を当てて落胆を表す俺に話し掛けてくる。
「ああ。どうかしたな。俺が、というより、あいつらが、な。――――『仲間を呼ぶ』だ」
「…………え?」
道理で頻繁に叫んでいたわけだ。
しかしまあ……。
リアルにやられると絶対絶命過ぎるだろ?
強化された耳に聞こえてくる複数の羽音に、盛大な溜め息を吐き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます