第264話
一昼夜に跨がった行軍は、しっかりと休憩する場所も計算されていて、事前に計画を練っていたことが窺えた。
見晴らしのいい場所で、三人中二人を見張りと火の番に残してローテーションを組むチンピラ共。
そこに見つかるまいと距離を空けて徹夜をする気配のチルル。
更に魔物がチルルを襲わないようにと先んじて倒す怪しい黒ローブ……。
「ゴヒッ?! ブヒィ――」
「叫ぶんじゃねえよ。バレるだろ?」
やはり女の匂いを嗅ぎ取れるのだろうか? 繁みから出て来た
こちらの森には食肉植物が根付いていないらしく、死体の処理が面倒だ。
とりあえず魔法で落とし穴を作り、そこに魔物の死体を落としているのだが……埋めるのには時間が掛かった。
何故か魔法で出せる土の量が多くないからだ。
なので嵩増しとばかりに落とし穴に死体をギッチリと詰めてから埋めている。
今二つ目。
俺は死んだ目。
……何やってんだかなー。
何やら見たことのない草を小動物のように食べるチルルを観察しながら、癖になり始めている溜め息を吐き出した。
今の気分も吐き出せているのでプラスである。
履歴書の特技欄に記入出来るぐらいの練度だよ! ……嫌な特技だ。
何食べてんのかなぁ? ……ミント?
美味しそうというよりか、眠気を覚ますために食べているように見える草を、勉強とばかりに覚えておく。
どうやらこちらも徹夜になりそうだ。
夜が明けると、チンピラ共が動き出す。
食べている食料は、ここ一番で豪華だと思う。
恐らくは目的地が近いのだろう。
警戒しながら岩山の方へと近付いていくチンピラ冒険者共。
緑色よりも赤茶けた大地が目立つようになり、そこそこに隠れる場所もありそうな岩場地帯へと入った。
魔物の数がグッと減ったのは、何者かの縄張り……生息域に入ったからだろうか?
いるのかな……ワイバーン。
年甲斐もなく、ちょっとドキドキしている。
地下も地下、地獄の底のような場所にいた餓者髑髏はともかくとして。
そう。
異世界、というかファンタジーの定番とも言える竜種を見れるのは男心を擽って止まない。
状況が状況だけに油断出来ないというのは分かっているのだが……。
どうにもドキドキするのは仕方ない。
割と無警戒に距離を詰めつつあるチルルを見ていてもドキドキするけど。
相手を見失わないようにするのと、隠れられる場所が増えたせいだろう。
…………いざとなったらチルルを捕まえて逃げようかなぁ。
荷物から何かを取り出して岩場に仕込み始めたランドン、エウィード、セルカ。
そろそろか……。
何を仕掛けているのかは知らないが、のこのこと近付いていくチルルの背後へと回る。
僅かな違和感を感じ取っているのか、歩みが遅くなり周りを見る頻度が増えるチルル。
しかし両強化の三倍の前には意味がなく――
「動くな」
「――ッ?! ん――――?!」
あれ? なんかそんなつもりはないのだが……。
騒がれてもマズいとチルルの口を背後から塞ぎ、暴れられてもマズいと体を拘束したからか、物陰に引き摺って行く様は変質者のようではないか。
違う違う、俺は正義の保護者ですよ?
「おい。騒ぐんじゃない。バレるだろ?」
「――?!!」
ますます暴れるチルル。
深みに嵌っていく
あ~〜〜〜、クソ、どうしよう? チルルには最悪、姿を見られても大丈夫なようにと黒ローブを着ていたのだが、どうやらそのローブ姿が怪しかったらしい。
もう俺もすっかり異世界人だから、この姿が怪しいとは思いもしなかったよ……盲点だね!
そんな異世界常識人としての一歩を踏み出す俺の頭が高速回転して、この場を切り抜けるための言い訳、もとい! 不自然でない言葉を吐きだした。
「落ち着け。俺は冒険者だ。ここにはワイバーンを狩りに来た。どうやら先に手を着けた奴等がいたから見物を決め込んでいる。もう少し進むと、そいつらが仕掛けた罠があるんだ。お前がこのまま進むと色々と台無しになるから声を掛けた。……理解したか?」
徐々に力を抜いて暴れるのを止めたチルルに、警戒しながらも拘束を解く。
俺の言葉が頭に浸透していく様を見ながら、もう一度声を掛ける。
「見たところ冒険者じゃないな? ここには何をしにきた?」
知ってるけど。
やや迷惑そうな声を出す俺に、チルルが慌てる。
「こッ! ……すみません。…………あの! ワ、ワイバーンって! こ、ここに? ここにワイバーンが……あの……」
だよねー? 自分の村から一晩の距離だもん。
「度重なる目撃証言があった。恐らくは新たな餌場としてワイバーンの進行ルートに入ったんだろう。先行して確認に来たつもりだったが……先を越されたようだな」
本当はランドンが他の魔物を退治する時に見つけたらしいのだが、そういうことにしておこう。
弟分二人とパーティーを組むために基本はソロで活動していたランドンが、討伐の際に手傷を負わせた魔物を追っ掛けたのが発見の経緯だそうだ。
街で受けた依頼なら、街の近くで魔物を狩るのが普通なのだが……そこは地元冒険者。
なるべくなら村の近くの魔物を減らしたいと思っての行動だったのだろう。
……男気はあるんだよなぁ。
ワイバーンも、わざわざ餌がやってくる岩場を越えて村や街までは来ないようで……エウィードに相談したのが今回の討伐を生んだ。
街の掲示板にワイバーンの討伐があるそうだ。
素材が目的なのは言うまでもなく、ギルドの評価と十分な金銭が得られるのもまた道理である。
難敵なのは間違いがないそうだが、討伐の方法や記録があることが彼等の挑戦心に火を付けた。
どっかの幼馴染共も、割と軽々しくダンジョンの踏破と戦争での勝利を歌っていたことだし……自信を持つのが冒険者としてやっていくための資質なのだろう。
お陰で幼馴染に恋する乙女はヤキモキとしている。
「ワ、ワイバーンが……ど、どうしよう」
「どうにもならない。冒険者は自己責任だ」
厳しそうな言葉に見せて、ただ聞いたことがあるだけの台詞を吐いた。
さーてと……。
「とにかくここじゃマズい。移動するぞ」
聞こえてきた羽音に避難するべくチルルを急かした。
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