第262話
言っちゃなんだが彼等は成人で、冒険者という職種なのだ。
冒険者に危険は付き物だろう。
これに知り合いならばまた対応が違うというのも、傍目に無茶だと思うのなら止めるというのも、分かる話だが……。
同じように無茶をする幼馴染がいるだけに、それはもうよく分かる。
しかし、長年付き合っていた幼馴染と、昨日今日知り合ったばかりの他人を一緒にされては困る。
例えば、ダンジョンの中で見ず知らずの冒険者に回復魔法を使ったことがある。
でもそれは必要だったからだ。
それが必要だったからやったというだけで、何もかも全て助けてやろうだなんて考えているわけではない。
ダンジョンの最下層にアタックを掛けている最中に、死んだ冒険者だっていた筈だ。
むしろいないわけがない。
……そりゃあ、目の前で誰かが困難に陥っていたら、思わず手を差し伸べてしまうかもしれない。
でも同じだけ無視をする可能性だってあるのだ。
悪人のつもりはないが、善人であるつもりもないから。
死ぬかもしれないから護って、危険だと思うから助けてと言われて、応えてあげるほど余裕があるわけじゃない。
こちとら
成功するしないは別にして、他人の挑戦に上から目線で『助けてやろう』なんて介入をするほど、偉いとも思っていない。
……それで死んだとしたら、誰が悪いということもないだろう。
テッドやチャノスやアンが出て行った時も、最初はそう割り切ったもんだ……。
俺なんかより他の村人の方がドライだったぐらいだよ。
そんなことを考えながら、借りている一室で文字通り目を瞑った。
…………しかし寝覚めは悪く、眠ったような眠ってないような朝を迎えてしまった。
チルルは――別に部屋に籠もるなどということもなく、普通に起きて、普通に朝食も出してくれた。
朝の挨拶さえしてくれたのだから……本当に頭が下がる。
いや、俺が勝手に気まずくなってるだけなんだけどね?
だからだろうか……お椀も
大体の想像は掴めたので、話の切りがいいところで腰を上げる。
「じゃあ、俺はそろそろ……」
「ありゃ? もう行くのか? どうせなら支度ついでに、もう一晩ぐらい泊まってけばいいのによ」
「ああ、いや……支度は街でやろうかと」
「あー、そりゃそうだな。そもそも山がエルフの森に食い込んでるから、山越えは無理って話だったもんな。大人しく西廻りのルートで帰ることにしたんだな?」
「はい」
「遠回りだけどな、そうしたほうがいいさ。越境の手続きと道の込み具合にもよるけどよ、ギリギリ年内か……もしくは来年の頭ぐらいにはマズラフェルまで戻れるからな」
それじゃ色々と間に合わないんだよ。
それでなくても道草を食い過ぎてるのに……。
村を出た当初は一ヶ月も掛からないと思っていた旅が、下手すれば幼馴染共より長くなりそうである。
…………はあ。
「じゃあ……色々ありがとうございました」
唯一と言っていい荷物である、ローブ入りの袋を肩に下げて会釈をする。
「おう。気をつけてな」
「無事に戻れることを祈ってるわ」
それぞれサッパリとした言葉で送り出してくれるチルル父とチルル母。
これで最後だと思えば面倒もない――なんて打算有りきでチルルにも最後の挨拶をと振り返った。
すると靴を履いているチルルに気付く。
……もしや昨日の今日でまた薬草取りに行くのかな?
しかしチルルの言葉に疑問は早々に氷解した。
「父さん、母さん。わたし、レライトさんをちょっと送ってくるね。村の入口まで……」
「あ、え?」
「あいあい」
「戻ってきたら畑に出てると思うから」
お構いなく、という言葉が滑り出てくる前に断りにくくなってしまった。
……もしかして、まだワンチャンとか思われているのだろうか?
だとしたら甘いね! これでもオジサン、身持ちは固い方だからね!
「あ……こっちです」
「……おす」
心持ち警戒をしながら、折角の先導役だというので大人しく付いていく。
しばらく村の人達に熊肉のお礼を言われながら村を歩いていると、人気が無くなった辺りでチルルが切り出してきた。
「あの……」
ほらきた、分かってた……分かってたね! 俺は!
「あ――」
「気に……しないでください」
再度断りの言葉でも吐こうとする俺に、チルルが申し訳無さそうな表情で言葉を重ねてきた。
それどころかペコリと頭まで下げてくる。
「なんか……凄い気にさせちゃったみたいだから、謝りたくって…………本当、ごめんなさい……」
「……」
口をパクパクと動かすだけになったのは、吐こうとしていた言葉が引っ込んでしまったからだろう。
…………もしかして表情に出ていたんだろうか? それでなくともクマでも出来ていたのかもしれない。
熊殺しだけに、なんつってね、へへ……。
表情なんてローブで常に隠していたせいか、取り繕うのを忘れてたよ。
「いざとなったら……他の冒険者さんに依頼を出すので、大丈夫です……。すいませんでした……悩ませちゃって」
嘘だな。
そんなツテが他にもあるって言うんなら、こんな怪しげな行きずりの冒険者に依頼なんて出さない筈だ。
「……」
「あと」
視線を下の方に固定していたチルルが顔を上げて、こちらを真摯に見つめてきた。
「――――ありがとうございました。熊から……助けてくれて。たぶん……死んでたと、思います…………それじゃあ、わたし……この辺で……」
再度ペコリとお辞儀して帰っていくチルルを、何も言わずに見送った。
あ~あ、だ。
…………あ~あ!
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