第259話
普通に家族がいたよ。
いや……分かってた……分かってたよ、勿論さ。
早々に一人暮らし、というか家を持てる程、村人って裕福じゃないから。
大抵は親から譲り受けるか、お金を貯めて……自分で建てるが主流だから!
知ってたから! ワンチャン(犬)とかじゃないから!
でも家畜の臭いがする納屋で寝るよりか、まだ暖かいだろう人の善意に頼ったってだけだよ?
ほんとほんと! 本当だよお?!
「あの……熊肉……」
「あ、ありがとう」
「遠慮せずに食べてくださいね? あなたが獲ってきたものなので」
「俺ん家にとったらタダだからな! ありがてぇ、ありがてぇ」
チルルがお椀によそった熊肉を差し出してきたので受け取りながら、父と母だという明るいご両親と鍋を囲んでいる。
春も過ぎようとする昨今、鍋の季節じゃないんじゃないかと言われそうなものだが――そうでもない。
夏前だというのに、ここらは少し涼しいぐらいだ。
やはり近くにある山のせいでもあるのだろう。
うちの村より北側……になるのかな?
せっかくなので地理を知りたいと色々と話を訊いている途中だ。
「そりゃ〜……近くて遠い場所だなぁ」
昔は冒険者だったという父親がマズラフェルまでの道程をそう評した。
「国までの近さを言えばさ、直ぐなんだよ? それこそ大森林を挟んで南下すれば着くさ。でも『地図の上なら』って言葉も付いてくる。東に広がる森はさぁ……こっち側はともかく、向こう側には強力な魔物がウヨウヨいやがるし……何よりエルフの治める森を越えて行かなきゃならんからねえ。あんたは運が良かったよ。この熊倒したってんなら強いんだろうけどよぉ……エルフはなぁ〜、そういう強さってのを超越してる存在さ。関わるべきじゃねえ」
「そうですね」
身に沁みて分かりました。
「隣りの国……あんたが目指してる方じゃなくて北側の国な? そこなんか奴隷制があるからよ。エルフなんて捕まえた日には一生遊んで暮らせる金が手に入るって話もある。冒険者やってる奴の中には、そんな一攫千金を夢見てる奴がいるけどよぉ……とんだバカ共さ。エルフの逆鱗に触れた街が地割れ沈んだって噂も聞く。そんなのに手を出すぅ? ちょっと考えれば分かる話だろ。なあ?」
「全くですね」
身を持って経験しました。
それ噂じゃなくてガチめに埋め立てられたんじゃないかな?
割と事情通のチルル父のお陰で、どういうルートで元の場所へ帰ればいいのか分かった。
まず東。
ここが最短ルートなのは間違いないらしい。
やはり一度戻ってエルフの森を横断するのが……自殺行為ですね。
また掟とやらで監禁されたり殺され掛けたりしたくないもの。
そして一般的なのが、西。
「ここいらの村の奴は、一回は西にあるデカい街に出るんだよ。そこで冒険者登録も出来るからな。で、戻ってくるまでが基本だな、ワハハハ!」
北側にも幾つか村があるらしく、これ以上発展する要素がないせいか、若人は一度は都会を夢に見る。
結構な規模の街で、他国との流通ルートもあるそうだ。
普通に入出国するなら街に行って……遠回りになるかもしれないけれど西廻りのルートを取るのが一般的。
しかし時間は掛かるだろう。
そして……。
「南ぃ〜? いやいや、南は行けねえよ。東より無理だろ。山っちゃ山だが、岩山なんだよ。お陰さまでそこから侵攻することもされることもないぐらい険しくてな? かつては穴掘ってトンネルを作ろうって考えたアホもいるらしいんだが……。あ、無えからな? トンネル。行くには崖登りぐらいで、へっへっへ。そんなのどう考えても無理だろ?」
「なるほどー」
少しばかりアルコールも入れたチルル父は、話が楽しいのか気分が良くなっちゃったのか笑っている。
しかし街に入るには身分証が必要なことも分かっている。
……もうそこら辺は適当であれよと思わないでもないのだが、割と納得いく理由も聞かされていたので、他国だから大丈夫ということもないだろう。
幸いにしてロッククライミングの経験がある村人なんです。
笑い上戸のチルル父をチルル母が布団に放り込んだ辺りでお開きとなった。
鍋に残っていた肉は、
お酒の使い方が上手い奥さんだなぁ。
「こっちの部屋に布団を敷くわね。トイレは外なんだけど……」
「あ、はい。お構いなく」
うちの家と似たような造りの家だが、別部屋が二つある。
ちょっと作りが豪華だ。
勿論サウナも付いていて、汚れ落としをするならと言われたので頷いた。
サウナ小屋を暖めている間、チルル父の寝息を聞くともなしに聞いていると――袖を引っ張られた。
そこには食器やら鍋やらを片付けていたチルルちゃん。
なんか申し訳なさそうな、不安そうな顔で佇んでいる。
…………なんだろう? 山姥的な展開があるんだろうか?
「……どうかした?」
口を開こうとしては挫け、挫けては悩んで顔を上げ下げするチルル。
「……………………あ」
「おい! 熊殺し! いるかあ?」
もうちょっとで喋り出すというところで、チルル家の扉が叩かれた。
被せられた声は……聞き覚えがあるものだった。
Aだな。
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