第258話
熊肉は良い値段で買って貰えた。
解体は村にいた猟師のおじさんにやってもらい、手数料として毛皮を進呈した。
……最初は凄い驚かれたけどね? やはり似たようなことが出来る冒険者がいるせいか、そこまでの騒ぎにはならなかった。
どちらかと言えば子供が熊を引っ張ってきたことに驚かれたんだろう。
それも『冒険者』という免罪符でどうにかなったけど……いや冒険者の威力凄いな?!
チルルと一緒に村長さんに許可を貰い、村での売買を可能にして、安価で新鮮なお肉を売りに出した。
いやー、売れる売れる。
元手がタダだから必要以上に安くしたお肉を、村人はこぞって購入してくれた。
村の人に行き渡るようにと購入制限は付けたけど、ほとんどの村人が上限いっぱいまで買い込んでいった。
お陰でマズラフェルを知っている村人を見つけることも出来た。
やはりと言うか何と言うか……ここはマズラフェルから北西に位置する別の国らしい。
東に進むとエルフの大森林の南端を掠めるようにしてデトライトを擁する国に抜けられるそうだ。
つまりうちの国と戦争していた国に、だ。
そっちに用は無ぇんだよ。
流石に紐付けられたら嫌なのでテウセルスの話はしなかったが……。
それでなくても戦争の情報は入らなかった。
そもそも関係ないという雰囲気だった。
間にエルフの森があるし、南に下れば人が行くには険し過ぎる山脈もあるというのが理由だろう。
実質、東にも南にも抜けられない、国の端っこに位置する村、というのがこの村の国での立ち位置だそうで……。
なんかうちの村みたいなところだなぁ。
牧歌的とも言えるこの村は、うちの村と同じように畑を有する……しかしそこまで村人の多くない村だった。
百人いるかいないかぐらいだそうだ。
村長宅も、そこまで他の家と違いがない。
なので貸し出せるとしたら納屋ぐらいだと言われている。
まあ、いいけど。
「それじゃあ、半分な。あとこれ、チルルの家の分」
「……え? ……え?」
押し付けがましいかもしれないけど、チルルに売り上げの半分を渡して、残った熊肉も付けた。
……まあ、残ったって言うか、残したんだけど。
いい部位だって猟師さんも言ってたし、貰っといて損にはならないだろう。
なんか色々と悪いことしたしなぁ。
ちなみにチンピラ連中も熊肉は欲しかったのか買いに来ていた……購入制限があったのでちゃんと一人一人並んで貰ったが……お陰で絵面がシュールだったよ。
俺としては上々の結果だ。
大方の帰る道筋も見えたし、路銀も出来た。
ここまでスムーズに来れたのは、やはりチルルのお陰でもある。
……しかしチルルにとったら災難だっただろう。
怪しい奴の相手をしたあげく熊に襲われることになったのだから。
このうえ熊肉の売買まで手伝って貰ったのに何も無しじゃ……いやどう考えてもクソ野郎じゃないですかーやだー。
しっかりと売り子をやってもらったのだから……なんなら俺より取り分を貰う権利があるかもしれない。
ぶっちゃけ熊を倒すのに労力って無かったから……。
自分の人外っぷりにちょっと引く。
目を白黒させているチルルに銀板を十数枚と肉を入れた袋を押し付ける。
「あ、の…………あり、ありがとう……」
「いや……自分で言うのもなんだけど、こんな怪しい奴に構ってくれて、こちらこそありがとな」
こっちも銀板をローブを入れている袋に詰め込んで、肉の包みを持つと立ち上がった。
そろそろ日も落ちてきた。
夕日が差し込む村の雰囲気に、やはり自分の村を思い出した。
日暮れに手を繋ぐ親子、夕餉の匂いを漂わせる家々、木の陰が伸びる畑に、少し怖く思える井戸――
こちらを睨むようにして佇むチンピラにすら某幼馴染が思い出されて、思わず笑みが溢れる。
「…………あ、あの」
なんか自分でも意外なほどにノスタルジックな想いに浸っていたら、後ろからチルルが声を掛けてきた。
……今の見てた? てっきりもう帰ったもんだと。
「あ~……うん。な、何かな?」
やや気恥ずかしくなって強張った顔で問い掛けると、向こうも少し躊躇いがちに返してきた。
「……今日は、泊まるんですよね?」
「え? あ、うん。今日はもう泊まるよ。夜だし。眠いし」
森ではほぼほぼ歩き通しだったのだ。
寝るとしても警戒しながらで……ハッキリ言ってゆっくり休めていない。
ここらでリフレッシュしておきたい。
「…………しばらく、滞在……されるんですか……?」
「い、いや? たぶん、明日には立つと思う……けど……」
……なんだろう? 何を訊かれているんだろう?
「……そう、ですか……」
「え、うん……そう、だね」
質問に答えた後のチルルの表情は、少し悲しそうで……今までの反応との違いから話の中身が見えなかった。
惜しまれる理由はない……と思う。
熊を運んでいる時も、売り子をしてくれている時も。
どちらかと言えば、腫れ物を扱うような……どう反応すべきか分からずに無難に対応しようとする気概が見られた。
しかし今のチルルは、意を決したとばかりに見つめてくるじゃないか。
あ、あれ……?
「も……もし、良かったら……うちに、泊まりません……か?」
そう言ってくるチルルの目に、逃すまいとする決意のようなものが見えたような気がした。
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