第257話


「これが……あの……傷薬になる薬草、です」


 知ってる。


 ここの植生は、エルフの森と違って俺の村があった森に近いようだ。


 ……あくまで『近い』であって『同じ』じゃないけど。


 似ているとも言えないけど。


 流石に魔物の存在する森というだけあって……彼女も頻りに後ろを確認している…………いや誤魔化しきれないよ?! これ、俺を警戒してるだろ?!


 どっかの誰かが頑張ったお陰で、ゴブリンを見掛けることはなく……気まずい時間が只々流れていた。


 話題――――そう、何か別の話題を上げなくては……!


 よっこらせと彼女の隣りに腰を降ろして薬草の採取を手伝う。


 ……近付く度にビクッとされるのは仕方ない……仕方ないことなんだ、落ち着け俺……。


「あの……森に、なんでも食べる植物っぽい魔物とかも居たけど?」


「あ……それはディルガです。なんでも食べてくれるので、村じゃ便利に使ってます……」


 まさかの魔物有用化である。


 いや、異世界なのだから変ではない……のか?


 なんでもかんでもスライム任せの処理とかは、お話でよく聞くのだが……まさか実際に目にすることになろうとは……。


 しかも想像よりエゲツない形で。


 既に死体処理に使った俺が言うことでもないんだけど。


「ディ、ディルガは……ゴブリンの数が増えるのや、エルフがこちらの森に立ち入るのを防いでくれます……。知恵のある魔物には……あまり有用じゃないそうなんですが、うちの村では重宝してて……」


 ……防いでくれてるのか、そもそも勢力圏を広げる気がないのかはともかく。


 あれのお陰でこちらまで来れないと言うのには、説得力がある見た目ではあった。


「近付かない限り、危なくもないので……」


「でも獲物も横取りされるんじゃないか? 近付いた小動物とかも食べてたし」


 貴重なお肉が。


「えも……ああ……えっと。他に、狩りをする森があります……。でもそっちには、薬草とか生えてなくて……魔物も強いのが出るんです」


 ……察するに、この森にはエルフとの境界線としての役割しか求めてないのかな?


 尚且ゴブリンも間引いてくれるならありがたい、と。


 なるほどねー、村の事情も色々だなぁ。


「あ、でも……」


 やはり村特有の話題が良かったのか、口数や話し方に軟化が見られるチルルが、思い出したとばかりに顔を上げた。


 もしくは採取した薬草を全部手渡していることが功を奏しているのかもしれない。


 これから襲うんなら態々そんなことをしないだろう……と。


 黒ローブ着てなくて良かったよ。


「獲物……お肉は、喜ばれると思います……。やっぱりこっちでも、獲物を取ったりするので……」


 恐らくは俺の稼ぎたい発言に根差してのものだろう。


 稼ぎたい言うてる割には薬草渡してくるもんね?


「兎とか鹿とかかな?」


「あ、はい……。シカはいないかもだけど……。鳥とか、野猪とか……」


 お、猪か。


 やっぱり異世界猪の肉も美味いのかな?


 こっちの肉や魚は調味料無しでも美味いもんな。


 いや、あったらあった方が美味いんだけどさ。


「いいね〜、猪肉」


「はい……たぶん、凄く喜ばれます……」


 あ~……分かる分かる、喜ばれるよなー。


 そういえば俺のお肉禁止ってどうなってんだろ? 帰ったら恐らくは夏ぐらいなんだけど? 収穫祭もお肉無しとかだと厳しいんだが?


 有耶無耶になっていることを祈ろう。


「あの……レライトさんは、どうしてここに?」


 …………おぅ。


 自己紹介ついでに名乗った名前を呼ばれることに感動だ。


 冒険者を名乗ったので登録してある正式名称を伝えただけなのだが……ちゃんと名前を呼ばれるのって初めてかもしれない。


 脳裏に浮かんだ貴族を封じ込めて、愛想良く応じた。


「元々はマズラフェルってとこにいたんだけど……知り合いと逸れて、よく知らない森を彷徨いてたんだよねー」


「マズラフェル……聞いたこと、あるような? ……あ、すいません……正確には分かりません。たぶん、凄く遠いんじゃないかと……」


 期待に満ちた目で見つめられたせいか、申し訳無さそうに首を振るチルル。


 こちらとしても、たぶん遠いんだろうなとは思っていたので申し訳ない。


 まあ、いざとなったら三倍強化して魔力が半減するまで走り続ける強行軍に出るし。


「ああ、いいよ。ごめんごめん、気にしないで。で、森を彷徨いてたらエルフの領域に入り込んじゃったらしくてさー」


「ええ?! ……あ、ごめんなさい」


 ……めっちゃ驚かれるやん。


 自分の出した声に驚いたのか、チルルが口に手をやって周りを見ている。


 そうだね、ゴブリンとかいるかもしれないしね……いないけど。


「うん、まあ……エルフはいいんだよ、エルフは。分かりやすく纏めると、追い散らされただけだから」


「そ、そうなんですか? ……に、人間を見掛けたら、地の果てまで追って来てでも殺すって……村では言われてて」


 似たような蛮族だから訂正はしないけど。


「で、現在地を完全に見失ってしまって……俺の目的地は東なんだけど、真っ直ぐ進むとまたエルフの領域に出ちゃうから、こっち側に来た――って訳」


「……だから森から……村も通ってないのに」


 やっぱりそこが気になっていたか……。


 だよねー? 村の冒険者志望より森からの来訪者の方が遥かに怖いよねー?


「うん。だから長居はしないよ。とりあえず近くの街……出来ればマズラフェルまでの道を知れたらいいかな?」


「それなら…………ぃ?!」


 言葉尻に蒼白に変化したチルルの顔色から、何らかの緊急事態が起きたのだと知った。


 咄嗟に警戒すべく両強化を三倍まで引き上げ、チルルの視線の先へ――――


「……って、なんだ。熊か」


「あ……ぅ……ッ?!」


 いやチルルが驚くのも無理はないけど。


 俺だって最初は驚いたし……なんなら逃げたけど。


 言葉を失ったまま、立ち上がろうとしてペタリと腰を落としてしまったチルルをよそに、のっそりと現れた熊は俺達を見つけると立ち上がった。


 その偉容を知らしめんとするかのように。


「なんで……なんで……?」


 吐き出す息を荒く短くするチルルは、なんでここに熊がと呟いている。


 ……もしかしなくても付いて来ちゃったのかな?


 嫌な汗が滲む。


 しかも餌になりそうなゴブリンが軒並み排除されているとあっては、熊もせっかくの獲物を逃すまい。


 …………いや待て、プラスに考えるんだ。



 ――――――――熊、食えるんじゃね?



 手土産アンド路銀になるのならこれ以上はあるまい、なんなら危険の排除というプラスアルファまで付いてくる……お得!


 決してここまで引っ張ってきた責任とかは考えないようにしつつ、ゆっくりと飛び掛かるべく予備動作を始めた熊に先手を打った。


 熊の弱点は眉間らしい。


 なのでまずは腹を殴った。


 轟音が響き、白目が飛び出さんばかりに前屈みになった熊。


 これで届くとばかりに更に眉間への一撃。


 血抜きなどの処理もあるだろうと加減したのだが……竹が割れるような音がしたので自信はない。


 ともあれこれで障害にはなるまい。


 倒れ伏す熊を確認したあと、振り返って腰を抜かしているチルルに告げる。


「……熊肉は、喜ばれるかなぁ?」


「……………………え?」


 呆然と信じられないものを見るような目を向けてくる少女に、俺は愛想笑いを浮かべ続けた。


 ……いや、分かってる……分かってるから。


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