第255話


 私は空気……そう、常にある。


 そんな雰囲気を醸し出しながら、表情を無にして、急がず焦らず、しかしそそくさと、村までに踏み固められた道の端を歩いていた――というのに……なんなら少しばかり草原側にハミ出していたというのに……。


「…………テメッ、なに見てんだゴラァ?!」


 絡んでくるのがチンピラ。


 見てなかったじゃん? なんなら見ない振りしたじゃん? なんなの? どうしたいの? 神様ぁ……。


 オドオドとした表情を隠すことなく、しかしチラリと野郎共に囲まれている誰かさんを見た。


 女の子だ。


 ちょっとおっとりとした雰囲気のある、三つ編みをおさげにしたタレ目の娘――気が弱そうである。


 よくある茶髪茶目で、瞳を滲ませていることから降参寸前であることも読み取れた。


 しかしながら体格が……どう見ても成人前。


 あるいはうちのジト目さんぐらいにしか見えない。


 ナンパだとしてもさぁ……もうちょっと年齢とかさぁ……。


 溜め息を吐き出してから訊いてみた。


「え〜と……君、そう君」


「なに無視してんだテメックラァ!!」


 自分を指差す女の子に頷いてみせる。


 その間にズケズケと近寄ってくるチンピラAは無視して。


「あっちの村の人……みたいね」


 俺が指差す前から全力で頷く娘に、『それならまあ……』と思わないでもない。


「あんま調子くれてっ……ッオオ?!」


 俺の胸ぐらを掴もうと伸ばされた手を、逆に手首のところで掴み返した。


 ゴブリンが常に居たのだ、身体能力強化の二倍は発動済みである。


 俺の自信の無さそうな表情に騙されたのだろう。


 残念……これ本気の表情なんだよね。


 如何にもな相手ってやっぱり怖い。


 ダンジョン都市にいたギャング崩れの子供達とは比べるまでもなく。


 なんなら冒険者の方が怖いよね……奴ら暗闇の中で金稼ぐために凶器振るってるんだぜ? 冷静に考えるといつ味方の武器が飛んでこないかとヒヤヒヤしないかい?


「ァッ?! ッ……離せ!!」


 真正面から目を合わせたくなくてトリップする思考を、相手からの叫び声で戻された。


 おっといかん、力が入ってしまった。


 昨今の殺伐事情から、関節は瞬間で握り潰せという教訓を得ていたので……つい。


 きっちりとした赤い跡が残る手首を引き戻した相手に、ここが押し時とばかりに畳み掛けた。


「あー……えー、あれです。その娘、俺に依頼を出してて……そう、そうなんだ。こう見えて俺は冒険者で、護衛の依頼を受けたものの道に迷ってしまって……。すまない、着くのが遅れてしまったかな?」


 実は待ち合わせしてました作戦異世界版を展開。


「――――冒険者? お前がか?」


 声を掛けてきたのは終始無言で……そうしていた方が威厳があるとでも思ってそうな男の子。


 まあ、成人はしてるんだろうけど……。


 チンピラ二人の後ろに腕を組んで構えていたので、大方こいつがボス格なのだろう。


 チンピラはともかく、こいつだけ帯剣している上に革鎧姿だ。


 オレンジの髪に、少し赤みがかった瞳をしている。


 仏頂面の短髪姿は、威厳のある……というよりか不機嫌そうに見えた。


「ギルドカードは?」


 喋り方も端的で……なんだろう? よく知ってる幼馴染の影がチラつく。


 自分の理想とする冒険者像を追っているような感じだ。


「……知り合いが持ってるよ。ここにはない」


 単身で戦場に不正規介入を考えていたので、まさか身バレしそうな物は持って来なかったのだ。


 というかローブ以外何も持ってねえよ。


 愛も希望も。


「そうか――――フッ!」


 甘い甘い。


 殴り掛ける前に息を吸い込んで、尚且殴る瞬間に止めているようじゃあ、奇襲とは呼べない。


 そもそも拳を握り込んで近付いてきた時点で……なんでこんな知識ばかり蓄えられていくんだろうなぁ……不思議だなぁ、異世界……。


 あっさりと反応して手の平で受け止めた拳は――しかし意外なことに威力に押された。


 こいつ結構……。


 実力で言えば一人前の冒険者並みなのかもしれない。


 少なくともパワーはある。


 剣術や魔法の方に比重が傾いていた幼馴染とは違う方向性だ。


 最も、それが一般的な冒険者の育ち方なんだろうけど。


「……なかなかやるな。どうやら――ッ?!」


 引き戻そうとした拳を握り込む。


 関節じゃなくても潰せというのが異世界の教えなんだ。


 重ね掛けした魔法が威力を発揮する。


 もはやウンともスンとも言わなくなった拳に、言葉じゃなく表情で驚愕を露わにする冒険者っぽい奴。


 身体能力強化魔法と肉体強化魔法の併用は、共振のような効果を生む。


 都合四倍近くに跳ね上がったパワーが、岩のようだった拳を砂の塊のように変えた。


「依頼は重なったりしない筈だ。横取りはギルドの査定に響くぜ?」


 知らんけど。


 いつぞやの冒険者もどき共の言葉を借りて脅しを掛けた。


 いつでも握り潰せるぞと圧力を掛けていた拳を、しかしそっと離して、軽く首を傾ける。


 暗に『分かるだろ?』と告げてみた。


 子分共の前っぽいから、面子を立てての説得である。


「……そ、そうだな。ギルドに出張られるのは面倒だな……行くぞ」


「え? ヤッちゃわないんすか?」


「あ、ちょっ! 兄貴ィ?!」


 威厳がある……というにはやや早足で去っていく冒険者らしきチンピラ連中。


 ……うん、わかってたけど冒険者って紙一重だよね。


 そして残されたのは……。


 途方にくれる迷子と、未だ怯えた表情で泣き出す手前の女の子だけだった。


 ……私は空気。


 だから誰かなんとかしてださい。


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