第253話


 …………なんか沈黙が痛いような?


 「こっち」と言われるままにエフィルディスに付いていってるのだが……何故か一言も会話がない。


 里の案内をしてくれた時とは雲泥の差なんだが?


 心当たりは…………いっぱいあるけど。


 黙々と歩く山歩きに、どこか森に住む動物すら遠慮しているように思える。


 やっぱり色々と壊したり荒らしたことが原因だろうか?


 言い出せないでいるけど……魚もローブに入れっ放しだし。


 実はちょっと重いんだが……かといって魔力が回復するまで魔法は使いづらいわけで……。


 お陰で四苦八苦しながらの森歩きになった。


 実に何時間も。


 エルフの時間感覚よ……。


 前世の体なら汗だくで倒れてたところだが、ここにある体は未だに若く、またどっかのマラソンバカに鍛えられていたこともあったので何とかなったけど……。


 だからだろうか。


「ここが私達の森との境よ」


 そうエフィルディスに言われた時に、開放感から思わず笑みが溢れてしまった。


 タイミング悪く振り向いた不機嫌エルフさんがそれをバッチリと目撃してしまう。


「随分と嬉しそうね?」


 お陰で久しぶりの会話は、棘のある一言から始まった。


 ……このローブもさあ、隠すんなら全部隠してくれりゃいいのに。


 何故か口元は見えるんだよなぁ……。


「いや……これは、あれだ。村に帰れるのが嬉しくて」


「だから嬉しそうねって訊いてるじゃない。ずっと歩き通しだったのに……。よっぽど嬉しいのね?」


 むしろずっと歩き通しだったからなんだが?


 朝から歩いて、もう昼を過ぎている。


 いくらなんでも食事とか休憩とか入れるべきタイミングだったと思うよ?


 でもまあ……。


「嬉しいよ。帰る頃には夏かな? 種蒔きとか田起こしとか手伝ってないから、説教は当然だろうけど」


「ふ〜ん……」


 これで諸々の厄介事も済んだと思えば、怒られることすら歓迎だ。


 変な奴らに絡んだりすることなく、平穏に村で暮らせられる。


「でもそれってハイネの里でもやれるじゃない? なんでわざわざ帰りたがるのか理解出来ないわ。ここより美しい森なんて存在しないでしょう?」


 ……いや、出来る出来ないじゃなく……そもそも森に住んでるわけじゃねえよ。


「さあ? それは分からない。外の世界は広いんだし……」


 ちょっと説明が面倒だったので、そんなありきたりな言葉で煙に巻いた。


「…………そう」


 エフィルディスも首を傾げながらも小さく呟くだけで、追求はしてこなかった。


 ここにいると厄介事に巻き込まれそうだがら……なんて言ったら藪蛇なのは目に見えていたので、空気を読んで心のタンスに仕舞っておいた。


 逃げられちゃった二人が、今後もエルフを狙うというのなら、激突は避けられないだろうしね。


 ……悪いけど村人はここで退場です。


「…………ミナリスに」


 沈黙が痛く、そろそろ足を踏み出してもいいのかと悩んでいると、エフィルディスはまだ話すことがあるとばかりに口を開いた。


「『ありがとう』って伝えるように言われたわ。悪感情を持ってるエルフもいたから、見送りには来れなかったけど」


「悪感情……」


 脳裏に、俺を生き埋めにした女エルフが過ぎった。


「森を壊されたことのね。誤解はこっちで解いとくから気にしなくていいわよ? 貴方は……そうね。貴方は戦ってくれたもの。――――助けてくれたもの」


 不意に真剣味を帯びるエフィルディスの視線に狼狽える。


 なんだろう? …………やっぱり殺すって言われても変じゃない雰囲気。


「一度ならず二度までも、ね。だから……これを」


 ポケットに入れておいたのだろう首飾りを渡してきた。


 シンプルなデザインの首飾りだ。


 組紐と小さな宝石が付いているだけの。


「おぉ……。ビックリした。何かと思ったよ」


 要はお土産ね。


「助けに行くわ」


 はい?


 受け取った首飾りをローブに収納しているとそう言われた。


「貴方の生命が脅かされそうな時に、今度は私が助けに行くわ。それは誓いよ」


「……『役割』があるだろ?」


「何をおいても、必ず行くわ」


 ……ちょっと驚きだ。


 役割というのは……単に仕事程度の意味で使われるわけじゃなさそうだと、僅かながらも理解していただけに。


 エフィルディスの真剣味にも納得がいく。


 しかしだ。


「ならその誓いは無駄になるな。俺はこれから先、危ないことは一切しない予定だから」


 首飾りを収めた辺りをポンポンと叩いて言い放つ。


「そうあることを願ってるわ。でも往々にして思い通りにいかないのが外の世界よね?」


 ……それは同感だ。


「じゃあもう村から出ないようにするわ」


「……まるでエルフみたいよね、貴方」


 僕のどこが蛮族だというのかね?


 心外だという表情で一瞥すると、向こうも似たような表情を浮かべていた。


 フッと肩の力を抜いたエフィルディスに同じく笑い掛けるようにして切り出した。


「じゃあそろそろ……」


「あ、待って。ラナリエルからも伝言があって」


 まだあるのかよ?!


「……う〜ん、まあいいわ。どうせ無理だし」


「いやいいのかよ?! 全く……」


「それじゃあ……またね?」


 ……その挨拶はどうなのか? とも思ったが、恐らくは誓い云々とやらのせいなのだろう。


「ああ、またな」


 無粋な真似をせずに切り返し、今度は振り返ることなく――――エルフの里を後にした。


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