第252話


 森で待ってるから準備して来てと言われたのだが……。


 特に持って帰る物なんて無い。


「なんなら燃やしてしまいたい……」


 ふと仰ぎ見た魔女の家は、しかし保存されているとか何とか日記に書かれていたので……もしかしたら火を点けても燃えない可能性すらあった。


 いや、そんなに残したかったのか? あれを……。


 地下にある趣味全開だと思われる資源は、次に来る日本人のために残しておこう。


 きっと驚くぞ、喜んでくれるといいなあ。


 ………さてと。


 そんな支度に四十秒も掛からない俺が、素直にエフィルディスの気遣いに頷いたのには訳がある。


 ここにエルフは来ないらしいから、居るのは俺と…………あと一人。


 あと一人って単位でいいのか分からないけど、見た目には生物の外見をしている不思議生命体。


 赤児の姿をしているが……魔女の存在した時代を考えれば随分な年上だと思われる。


 闇緑樹の精霊。


「一応訊いとくんだけど……俺、帰っていいか?」


 ふと真剣な口調で尋ねるのは、斜め後ろでプカプカと浮いている笑顔の幼児。


 …………そう。


 いつも居た。


 常に張り付いて……。



 ――――まるで見張っているかのように。



 常から笑顔のこの幼児が何を考えているのかは一切分からない。


 ポーカーフェイスよりポーカーフェイスで、実直なように見えて不透明な存在だった。


「……俺の魔力が五割を越えないように吸ってたろ? そうしろって魔女に言われたのか?」


 回復量と日数が合ってないようには思っていた。


 だが決定的におかしいと感じたのはエフィルディスの魔力の戻りが普通だったからだろう。


 目覚めた日数と時間を聞いたら、どうしても割合が合わないことに気付いたのだ。


 なんなら今回は、減った感じもしなかったし。


 枯渇しなかったのは確かなのに、また五割を下回る回復量なのは納得出来るものじゃない。


 恐らくはこちらの意識が無い時に吸っているのだろう。


 誰かの命令か、己の意志か……。


 しかし精霊というのは、恐ろしいまでに人間を気にしたりしないものなのだ。


 村に居る猫みたいな奴がそれを証明している。


 人間は全部人間、みたいな?


 個の意志を尊重したりしない、誰に対しても似たような態度を取る。


 一人を除いて。


 セフシリアにとっちゃ、エルフだろうと人間だろうと、そこに大きな違いを見い出していなかったように思える。


 唯一の例外と言えば、巫女と呼ばれていた銀髪少女に対しての反応だろう。


 しかしラナリエルがセフシリアをけしかけていたようには思えない。


 だとしたら……。


 なるほど、魔女だ。


 切れ者なのか食わせ者なのか……とにかく意外性には富んでいる。


 勝てるかどうかで言えば、勝てっこないスケールの大きさのようなものを感じる。


「――?」


 ほらね? こっちの雰囲気とか汲んでくれないんだよ。


 割と覚悟した物言いだったのに、『そんなことはともかく』とばかりに魔女の家を指差すセフシリア。


 誤魔化してんのか、バレてもいいとでも思ってんのか……。


 『あれ、あれ』と言わんばかりに、魔女の家の…………いみじくも地下を指しているように思われた。


 地下があると分かっているからの理解だろう。


「なんだよ? 相変わらず何言ってんのか分かんねえよ……分かったとしても頷いたりしないけど」


 どうせあれでしょ? 地下にある物は持って行かなくていいのか、とか言ってんでしょ?


 …………要らねぇ……よしんば元の世界に帰れる手掛かりがあったところで……。


「……………………やっぱり要らねえ。なあ、帰るぞ?」


 止めても無駄だからな?


 恐らくはこちらの会話を理解していると思われる精霊に対して、今度こそ本当に帰る宣言をした。


 もう二度と、ここに戻ってくることはないだろう。


 ニコニコとした笑顔で、コクコクと頷く赤児。


 ……ふぅ〜、どうやら襲われる心配は無さそうだな?


 頷くということは、そういうことだろう。


 色々と最悪を想定していただけに、安堵の息も溢れる。


 これで……思い残すことはなくなった。


 帰ろう――――俺の村に。


 最後にもう一度だけ魔女の家を見上げて、諸々の思いを溜め息と共に吐き出すと踵を返した。


 ……ああ、やっぱり。


 こちらが歩き出したというのに付いてこないセフシリアに、恐らくはここでお別れなのだろうと理解した。


 魔女の土地――――森にぽっかりと空いた空間を抜ける前に、何故なのか後ろ髪を引かれる思いで振り返った。


 広々とした空間の真ん中には、大きな樹が聳え立っている。


 姿の見えなくなった赤児が、しかし何処からかこちらを見ているように感じた。


「……ありがとう」


 諸々の気持ちを含んだお礼の言葉に、俺の知らない言葉での返答はない。


 ただ魔女の家を隠すように、強い存在感を放つばかりの樹があった。


 何か秘密があるのだろうとは思いながらも、期待を箱に直して封をするように――


 エフィルディスが待つ森へと、足を進めた。


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