接章 天瞳悔改

第251話


「知ってる赤児だな……」


 新しい語録が出来ちゃう、だって異世界だもん。


 もう遠慮もクソも無くなったセフシリアが、俺をグルグル巻きにした根っこの上に座っている。


 しかも特段こちらの容態を気にしているわけではないのか、日向ぼっこする老人のように光合成中である。


 お前、陽の光いらねえだろ。


「知ってるエルフもいるけど?」


 覗き込むように顔を見せたのは、もはや二度と目を開かないんじゃないかと思っていた女エルフ。


 エフィルディスだった。


「お……あ。……うん」


 思わず声を上げてしまったが、何を言うべきなのか分からずに意味不明な言葉が漏れた。


 戸惑う俺を無視して、ジト〜〜〜〜ッとばかりに視線を合わせてくるエフィルディス。


 透き通るような肌に火傷の跡は無く、青い瞳には生命力が溢れている。


 …………無事だったんだな。


 正確には『治ったんだな』だろうけど。


「…………うん。貴方の方こそ問題ないみたいね?」


 この状況を見て問題ないって言えるエルフは大概だと思うんだ。


 魔力の回復も半分を越えてないし……。


 しかし根っこ触手はこんな時ばかり早々と引いてしまう。


 ……まあ、自分の体の状況を知りたかったから、いいけど……。


 見た目にも信頼出来ない赤児の治癒能力は、しかし充分に信用に足るもので、それはピンピンしているエフィルディスからも分かる。


 …………なのに体がギシギシ言うのってなんでだと思う?


 いや、動くだけマシなんだろうけど……なに? この右手……。


 圧倒的に老化でもしたのか? と問われんばかりだった右手は……今や全盛期の張りを取り戻している――のだが……。


 絶賛中学生染みた黒いタトゥみたいなのが入っている。


「…………え? なにこの手?」


 思わずしてしまった問い掛けは、別に答えを求めたものじゃなかったが……グーパーを繰り返していた俺には、プイッと他所を向いた赤児の反応が気になった。


「後遺症かしら? 私は見てないから知らないんだけど、アグラが言うには二度と右手は使えないって話だったし。動くだけありがたいんじゃない? セフシリアにお礼を言うべきね」


 ええええ?! あれ、そんな重傷だったの?!


「セフシリアさん、ありがとうございます」


 そりゃ如何とばかりに深々と頭を下げると、ニコニコとした笑顔で応えてくる赤児。


 ……お陰で追求が出来にくくなっちゃったよ。


 絶対にそれだけじゃないと思うのは、俺の疑い過ぎなんだろうか?


「さて。人間も起きたことだし……色々と言わなきゃいけないことがあるのよね」


「え、聞きたくない……」


「なんでよ」


 だって……よく考えなくとも色々と壊したり壊したり……挙げ句果てに壊したり。


 絶対に碌なことじゃない。


 こうやって治療されたのも『生きてなきゃ賠償出来ないものね』なんて思われていたらと思うと、夜逃げするぐらいには聞きたくないよ?


「いいから聞きなさいな。……最後なのよ?」


 それって死ねってことですか?


 珍しくちょっと寂しそうに見えるエフィルディスの無表情は、気のせいということにしておこう。


 ええ?! 死ぬの?! 俺ぇ?! 生かして治療して殺すの?!


 そういえば生き埋めにされた時に似たようなことを言われていたじゃないか。


 ハハ、エルフは蛮族、ちゃんと知ってたのに……。


「貴方、帰れるらしいのよ」


 よし逃げるぞ、とばかりに魔力の巡りを確かめていたら、予想外の言葉に魔力の制御を失って漏れてしまった。


 これ幸いとばかりにパクパクする赤児は放っておいて…………なんなら今のでちょっと具合悪くなるぐらいに減った魔力も置いておいて!


 ……………………なんて言って?


「かえ、帰れる……というのは……つまり?」


「ここの事じゃないわよ? 貴方の村、故郷、家、言い方はなんでもいいわ。元々居た場所って意味」


「おおおおおおお?! なんで? マジで? 掟とか破ったら死ねとか言ってたのにどうした?! 随分と見ない間に頭柔らかくなったなエルフぅ!!」


「やっぱり殺すわよ?」


「すみません、調子に乗りました」


 キチッと頭を下げて対応だ。


 変に遺恨を残さないためにもね!


 なんだよ……ちょっと寂しげに見えたから本当に死ぬのかと。


 サプライズかよ。


 サプライズとか初めてされたよ。


「おめでとう」


「ありがとうございます! この受賞の喜びを、中学時代の恩師に伝えたいです!」


 そんな人いないけど!


 テンションが上がり過ぎてワチャワチャと動く俺に対して、エフィルディスも珍しいことに笑みを浮かべている。


 流石はエルフ。


 笑うと冷たさが消えて、華やいだような綺麗さを放つ。


「いや……ほんと嬉しい。でも……なんでだ?」


 込み上げてくる時と同じぐらいの速さで不安にもなる。


 無理っぽいという話だったじゃないか。


「議会を開いたって話は聞いたけど……実は私も詳しくは知らないの。決め手は長老の一言らしいわ」


 なるほど! 社会人時代に培った礼節が発揮されたってわけですね? わかります。


 ともあれ、撤回されるような雰囲気ではないので素直に喜んでいいようだ。


 ………やった!


 帰れるぞ! 無事に! 一時期は死ぬんじゃないかと覚悟してたのに!!


 まあ帰ったら帰ったで死ぬかもしれんけど。


 唐突に落ち着いた俺に対して、エフィルディスが疑問を浮かべながらも訊いてくる。


「出発はいつにする? 森の出口までは私が案内するから」


「え。じゃあ今すぐ!」


 山の天気は変わりやすいって言うし……やっぱり止めたと言われないうちに、俺はエルフの里を早々に後にすることを宣言した。


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