第248話
物理的な攻撃を全方位から完全に遮断。
――そんな便利な道具が本当にあるのだろうか?
そんな幾つも。
攻撃の手を緩めず、拳で弾幕を張り隙間無く殴ってみた。
横合いから背面に掛けて。
しかし手応えは変わらず、裂けた拳から血が流れ出るだけという結果に終わった。
あるらしい。
クソったれだな、この世界。
それでも諦め切れず、打開の糸口を掴まんとして殴り続けながら――周囲を注意深く観察し続けた。
……出て来ないな?
こんな小さな傷口じゃ決定打にならないからだろうか?
…………いいさ。
どうせ、二人纏めてなんて都合の良い展開にならないことは分かっていたから。
何十発……下手すれば何百と殴り続けていたら、引力のような力に後ろへと追いやられた。
これだ。
体に害は無いが、強制力のある移動。
恐らくは肌に纏わり付いている魔力に働き掛けているのだろう。
フワリと浮き上がるように後ろに飛ばされつつ、得意となった火柱の魔法を行使。
これなら?
「ふわぁ?! び…………びっくり、したっす。火魔法まで使えるんすか? 複数属性持ちなのは分かってたっすけど……四種以上? しかも『氣』属性も含まれるとか……もう訳分からん存在ですね」
そりゃお前らもだろ。
やっぱりダメだ、使わないと話にならない。
向こうにダメージが通らない。
着地しつつも目を逸らさず、覚悟を決めるために呼吸を整え――――ようとした。
「さっきのアレ、っすよね?」
吸い込んだ息を吐き出そうとするタイミングで機先を制される。
動揺は一瞬。
聞くな! 当てずっぽう……というよりモーションを盗まれただけだろう。
反動がキツいせいか一呼吸入れるのが癖になっていたのだ。
それを察知されただけ……。
「いやいやいやいや、それしか手が無いですもんね? いや〜、アレ……凄いっすね! さすがのあたしも驚きでしたよ。天が空から落っこちてきたのか〜、って。ありえね〜、って。思いましたもん」
聞くな。
今だ、今やれ。
アミュレットを壊して、反動に耐えて、こいつを倒せ。
しかし魅入られたように、体を動かせないでいた。
「ほんと、いいもん見せて貰ったっす〜。だからって訳じゃないんすけど…………お返しをさせて貰おうかな、と」
呟いたニケという少女の顔からは、常からに浮かんでいた笑みが消え、まるで怒りを我慢していると言わんばかりの能面に彩られていた。
突き付けられたのは、人差し指。
そこに――――黒い点が生まれた。
変化は一瞬。
灰色の空間が唐突に消えた。
いや……圧縮された。
吸い取られた魔力も、灰色を形成していた空間も、全てを凝縮せんとする指先の黒点に――
今にも溢れ出しそうな力を感じる。
いや……いや! 反応速度は俺の方が速いんだ、避ければ……。
ふと気付かされたのは自分の立っている位置。
違う、エフィルディスのいる魔女の棲み家はこちら側ではない。
正確な場所も悟られていない筈。
なにせあそこだけポツンと離れているのだから。
こっちは、こっちにあるのは。
エルフの――
能面染みたニケの表情に、酷薄な笑みが戻る。
――――このクソ――――
「さよなら〜」
放たれた黒点は瞬時にその範囲を広げた。
デカい。
間にあった木や草花を呑み込んで、黒い奔流が向かってくる。
街を丸々呑み込むのは無理だとしても、真ん中に大きな爪痕を残すだろう。
運が良ければ人的な被害は大きくないかもしれない。
幸いにしてエルフは今、一箇所に集まっている。
しかし運が悪ければ……。
『ほかのひとも?』
『全員助ける』
…………この世界に来て、自分の新たな一面を見る思いだ。
どうやら俺は……年下の『お願い』に弱いらしい。
前世でキャバクラとか行かなくて良かったよなぁ……どう見てもカモだもん。
いやいや、キャバクラどころかだよなぁ……。
あんな子供との、その場を誤魔化すための口実が、気になるってんだから……。
――――ああ、約束だ。
止めていた息を吐き出して、スイッチを切り替えるように三倍から四倍への階段を上がった。
凝縮させる。
良いアイデアだ。
腰溜めに構えた拳を握り込んで、しっかりと足で地面を掴む。
握り込んで、握り込んで、握り込んで、握り込む。
強化された拳の皮膚が裂ける程の力を入れる。
踏ん張りが利くようにと力を込めて――――纏わり付く大気を面で捉える。
大振りも大振り。
対人戦じゃ当たることのないアッパーもどきを、全力投球する投手のように胸を反らして放つ。
――――重い。
腕に纏わり付く大気が、この世の全ての粒子が、自分の体ですら――
足から腰に、腰から腕に。
伝染する力が重い。
歯を食いしばって持ち上げる。
拳を。
空間ごと。
大地が俺を中心として放射状に罅割れ、地割れに森が沈む。
拳が空間を撓ませ、景色を歪め、――――終ぞ黒の濁流へと至った。
衝突に音は無かった。
歪んだ空間と塗り潰される空間が互いに主張し合う。
永遠にも思える停滞は、俺の拳がひしゃげ、潰れる音と共に幕を引いた。
――――――――それでも振り抜いた拳が結果を騙る。
あの黒い奔流に触れるとどうなるのかを教えてくれた右腕が、凝縮されたように身を縮こまらせながらも、勝負には勝ったのだと虚勢を張って突き上げられた。
森を吸い込み、地面を削り、俺の右腕を潰した黒い奔流が、空へと吸い込まれるように伸びていく。
放出はどれぐらいの時間だったのか……。
そこはあるべき場所ではないと言わんばかりに、黒い奔流は唐突に消えた。
あとに残されたのは…………。
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