第245話


 考えを纏める時間が必要だ。


 強化魔法を、即座に奥の手の『その二』を行使した。


 焦げ付いた地面から焼けた砂が逆巻く。


 急激な風は各人の髪を靡かせ服を煽る。


 やがて俺を中心とした渦に成り、爆発的に勢いを増していく。


 汎ゆるものを呑み込み噛み砕く風の龍竜巻を呼ぶ。


 望むがままに版図を広げる風は、焼け焦げた地面や折れた木々だけでなく、未だ根強く地面に張り付いた株すら持ち上げて壊していく。


 唐突な暴風の猛威を目にしたニケとゼロが声を上げる。


「……ちっ。範囲が広いな」


「うえ〜? なんすか、それぇ。まだ魔力が残ってんすか?」


 即座に距離を取るゼロ。


 ある程度の警戒態勢を取ったまま動かないニケ。


 反応の分かれた二人を観察しつつ、この時間を利用して違和感を解いていく。


 そう……そうだ、俺はこのを知っている。


 魔力が極限まで減った時の状態だ。


 しかし魔力の残量は四割以上と、まだまだだけである。


 ちょっと酔ったような状態というだけの……そう。


 


 もっと言えば他の症状も無い……幾度となく魔力が底を突いた経験が豊富だから言えることだ。


 目眩と気持ち悪さだけ。


 それはまるで………………ッ!


 違和感の正体に思い当たった。


『フン。見ろ? かすり傷一つ無いぞ――』


 何故俺が怪我してないと分かった――――?


 自慢じゃないが、ローブは恐らくニケが放った刃物で斬られまくっている。


 自動で元の状態へと戻る機能も付いているが、即座に発動するものでもない。


 現に今だって穴が空いている。


 刃物で突かれた跡があるというのに、かすり傷も無いと断定出来るのは何故か?


 ニケもそのことについては疑問を示していなかった。


 敵の共通認識……それは証明された何かがあるということだろう。


 あの時――


 ゼロが、俺に何かをして、急速に気持ち悪さが加速した……というより、強まった?


 そしてそれが、傷を負っていない証明になった……。


 つまり。



 ――――ダメージを肥大化出来る能力があるのか……ッ!



 なんて厄介な奴らなんだ?! 最悪の組み合わせだ!


 くそっ! この空間はマズい! というより魔法もマズい! んで物理攻撃が無効化される道具とか持ってたのかよ?! チィィィィトッ!


 肥大化の条件は何だ? 規模はどれぐらいなのか? ――いや、今はそんなことより!


 二度も攻撃を受けた――エフィルディスを抱えている時に。


 綺麗な顔を歪ませることもなく、ただ眠ったように瞼を閉じているエフィルディス。


 苦痛が無いのか、それとも……医者でもない俺には分からない。


 焦りで唇を噛む。


 ……ディルシクルセイス様は何やってんだよ?! エルフが困ってんぞ! おおい?!


 返事が返ってくることはない。


 きっと子供好きなんだろう……クソロリコンめ。


 大丈夫……大丈夫な筈だ。


 呼吸はしているし……脈もある……熱だって失っていない。


 しかし衰弱していることも間違いなかった。


 ――さっさとここから逃げる必要がある。


「……ちょっと長くないですか〜? こんなに魔力があるとか……お兄さん、ズルいっすね?」


 お前らに言われたくないんだよ。


 一人残ったニケが手持ち部沙汰に話し掛けてくる。


 実はずっと何かゴチャゴチャと言っていたのだが無視していた。


 基本的にムカつくことしか言わないからだ。


 今も暴風と風の刃が荒れ狂う中を、平然と立ったまま傷も負うことがない。


 何故か魔法が当たる寸前に拡散してしまうのだ。


 しかし近付いてくることもないということは……こちらを警戒してのことだろう。


 もしくは…………――――動かない必要性があるのか?


 破格の防御性を見せる彼女だったが、基本的に全て受け身だ。


 自分の防御能力に絶対の自信があるのか、そういう条件が必須なのか……。


 確かめてみる必要がある。


 再び強化魔法を行使。


 身体能力強化の三倍を発動する。


 竜巻を維持したまま、落とし穴からエフィルディスを抱えて飛び出した。


 なるべくニケから距離を取るように。


 身体能力強化だけの使用なので、そこまでの動きじゃないが……。


「もしかしてこれ足止めのつもりっすか? 甘々っす」


 すると今度も、これ見よがしな大振りの斧が行く手を阻んだ。


 咄嗟にバックステップを踏み、またしても落とし穴の近くまで引き戻されたが……。


 ――――動いてないな?


 そう、しかも突然出てきた刃物は、数も速度も落ちていた。


「動けないのか?」


「動く必要がないだけっすかね〜?」


 相変わらず余裕を感じさせる態度と喋り方をしているが、足が止まってしまっているのは一目瞭然だった。


 間違いない。


 この手は有効なようだ。


 竜巻は、ニケの足止めに良く、しかもゼロにも効くのか姿を現さない。


 だとしたらやることは決まった。


 それと見て脅威を抱かせる大斧の大振りを躱しながら、呼吸を整える。


 あと一回……。


 あと一回だけ持ってくれればいい。


 更に竜巻も維持するとなると、コストは今までに類を見ないものになるかもしれないが……。


 手の平から感じ取れる体温が、まだ生きていると俺に伝えてくる。


 ……一宿一飯の恩ってのが、俺のいた世界にはあった。


 だからこれは代価ってだけさ。


 きちんと支払おう。


 長々と溜めていた息を吐き出した。



 ――――――――四倍だ。



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