第244話
速度はそれ程じゃない――とは言いづらい。
こちらは既に臨戦態勢を取っていて、尚且両強化も三倍で発動中なのだ。
だというのに……現れた無数の刃は、もう肌を傷付けんばかりの距離にあった。
咄嗟に落とし穴の魔法を行使した。
自分の足元へ。
強化中に魔法を使うと魔力の減りが桁違いなのだが、条件反射のように逃げる場所を求めてしまった結果だ。
眠っているエフィルディスが傷付かないようにと抱え込み、背後から襲ってくる刃にローブを切られながらも穴へと落ちた。
現れた速度と、前進する速度に、差がある……?
後手を踏んだ上に、驚かされて体が強張っていた――
にも関わらず、無傷で窮地を脱せたことに違和感が残る。
必殺の間合いだった……奴らが手加減する道理はない。
本来なら凄まじいスピードで迫りくる筈の刃物に串刺しとなったのだろう。
しかし身を屈める程度の穴の上を行く刃物の群れは、今なら一本一本を掴めそうな程に遅い。
……いや、強化中の感覚なら……おかしなことじゃない……のか?
だったら現れた時の速度はなんなのか?
虚空から出てきた……というよりか、突然そこにあったと言われた方がしっくりくる。
敵の手札は……。
魔力を吸う特殊な空間、物理攻撃無効、引力操作のような何か、突然目眩を起こす衝撃的な何か、刀剣類の召喚。
一つを除いて全てが謎だ。
原理も条件も分からない。
アミュレットとやらを潰すことには成功したようだが……こちらの攻撃が当たったわけじゃない。
未だ有効なことを隠している可能性もあった。
――――試してみるか?
エフィルディスを地面へと寝かせ、未だ頭上を通り過ぎていく刃物の一本を掴む。
腕をしならせて女の方へと投げ込んだ。
まさに段違いの速さを発揮する刃物の一本が、女の足を目掛けて飛んでいく。
あわや命中――という段階で、紐が解けるように刃物が拡散して消え去った。
……そんなのありかよ?!
物理攻撃無効がまだあるのかどうかを確かめたかったのに……!
懸案事項ばかり積み重なっていく。
再びエフィルディスを抱きかかえ、穴蔵から顔を出すと、ニケと呼ばれていた女が嫌そうな顔で言葉を投げ掛けてくる。
「……うわ。一個こっちに来てるじゃないっすか〜。変な避け方してるし……。マジで油断も隙もないっすね。どういう体の構造してんすか……?」
話す内容から向こうが刃物を知覚していることを確認出来た。
……今の攻撃が見えたのか? それとも召喚した刃物の位置が分かるのか……。
再びグルンと視界が回った。
「ちょっ、ゼロさん?! あたしの獲物っすよ?!」
根性で気持ち悪さを耐え切り吐き気を抑え込んだ。
歯を食いしばりながらニケを警戒しつつ、ゼロとかいう黒いローブの男にも視線を流す。
「フン。見ろ? かすり傷一つ無いぞ。お前の手に余っている証拠だ。馬鹿馬鹿しい。さっさと代われ、木偶の坊が」
鼻を鳴らすゼロとやらが、こちらに手を差し向けていた。
この状態不良みたいな攻撃は……やはりこいつか……!
「…………いやいやいや、そこまで言われる義理は無いんすけどぉ?」
「言われる程に不手際ではあるがな。最初からオレの仕切りでやるべきだった。お前を信用したのが、そもそもの間違いだ」
「あ〜…………そ〜、っすか。……ゼロさん、言葉にはもうちょっと気をつけた方がいいっすよ? 手強い敵に遭って相方が死ぬなんて、あたしらにとったらザラっすから」
「なんだ……それで脅してるつもりか? どこまでも低俗な奴め。元より協調しているつもりはない。無駄口を叩かずにやれないのか? 愚図が」
…………なんだこいつら? なんか……あんまり仲良くないな?
思えば赤眼とポニテも言い争いを見せていた。
仲間意識が強くないのだろうか?
膨れ上がる
お陰さまで、今の一連の会話の中に感じていた引っ掛かりを深く考えれないでいる。
互いに射線なんて考慮しなさそうな奴らだ……とばっちりは必至だろう。
なんだ……? なんて言ってたっけな、こいつら……。
『一個こっちに来てる』? ……いや違う、それじゃない。
恐らくそんなに時間は残されていない。
両者に高まりつつある不和はともかくとして、未だ魔力を吸われ続けているエフィルディスの容態を思えばである。
一刻も早く、この灰色空間から逃げ出すことが最優先――
しかしそれは
今まで隠れていたゼロとやらが出しゃばって来たことからも、そうだと分かるだろう。
この空間に居続けさせることのメリットはなんだ? 魔力を吸われるといっても微々たるもんで……。
精霊魔法が使えないとも言っていたが……。
気持ち悪さで考えが上手く纏まらない。
この攻撃は、下手に斬ったり殴ったりされるより効くなぁ……。
まだ五割を切ったばかりの魔力だというのに、まるで二割を割ったような…………。
…………うん?
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