第243話


 頭をハンマーで不意打ちされた殴られたような衝撃だった。


 突然起こった目眩に気持ち悪さも極めつけだ。


 勝手に回る視界と込み上げる吐き気に、姿勢を制御出来ずに落ちてしまう。


 それでも足から着地出来たのは感覚が引き伸ばされているお陰だろう。


 ――――攻撃……ッ?! 受けた、後ろ? いや……。


 ギョロギョロと動く目に力を入れて、無理やり視界を前方に固定すると……見覚えがない黒いローブが立っていた。


 如何にも『攻撃したのは私です』と言わんばかりに手をこちらへと差し向けて。


「……想定と違うぞ?」


 その黒いローブから苛立たしげな声が漏れた。


 ……こっちは男か。


「え〜? 今の、あたしが追い込んだんすよ? ほら、なんか……圧力? 雰囲気? みたいなんで」


「もういい。代われ。お前じゃ、いつまで経っても埒が明かん」


「あー! そんなこと言ってぇ、また手柄独り占めする気なんすね? あたしの仕切りって話だったじゃないですかぁ〜」


 背後から、とても追い掛けて来ているとは思えない足取りでローツインの女がやってくる。


 …………二人! こいつら二人組ツーマンセルか……!


 エフィルディスを掻き抱きながら左右へと視線を振った。


 滲み出る汗が今の状況を物語っている。


 ……アテナ先輩とか言ってやがったなぁ、こいつ。


 こちらの世界で、そんな女神みたいな恥ずかしい名前の知り合いなんて一人しか知らないんだが……。


 そういえば、あいつらも二人組で行動していた。


 ちっこい赤眼と、イカレポニテ。


 あいつらも黒系統のローブを身に着けていたことから、もしかしなくてもお仲間なのだろう。


 だとしても今は問題にならない。


 今一番の問題は、こいつらと俺の相性がよろしくなさそうという事実である。


 ――――強化魔法発動中の俺に攻撃を当てた……?


 大問題だ。


 出力を上げれば躱せるのか? そもそも何系統の攻撃なのか? というか何をされたのか?


 そして、どっちが放ったものなのかすら……。


 分からない。


 こいつら、戦闘に情報を落とさないタイプだ。


 厄介極まりねえな……ッ!


「意識を保っているようだな」


 如何にもなポーズを取っていた黒ローブの男の方を注視していると、今度はこっちに話し掛けてきた。


「凄いっすね? あたしだったらゲロ吐いて横になっちゃいますけど」


 まさにそんな気分だ。


 ……見たまんま、男の方が攻撃してきたのか?


 警戒も露わに気を張っているというのに、女の方はズケズケと近付いてくる。


 あと数歩――――あそこまで近付いて来たのなら、もう一度逃げよう。


 今度は


 ――なんて思っていたせいか、想像の中で引いたラインの一歩手前で足を止めるローツイン。


 言動が人をおちょくることに特化し過ぎてないか、こいつ……。


「何が目的だ?」


 女の方に意識を取られた一瞬で、男の方が声を掛けてきた。


 問い掛けられた言葉は、むしろこちらが聞きたいぐらいのもので……。


「それはこっちの台詞じゃないか?」


 思わず答えを返してしまう。


 男が僅かに首を傾げて続ける。


「いや、オレ達の目的はハッキリしている。エルフだ。別に珍しいことじゃない。人間がエルフを狙うなんてことはな。それよりもお前だ。俄に信じがたいことだが……無詠唱で魔法を使っていたところからして、人間なのだろう? どういう立場で、何故オレ達の邪魔をする?」


 …………はあ? 何言ってんだこいつ。


 開き直って『当然』とばかりに言い切る黒ローブに、収め掛けていた怒りがグツグツと再沸騰を始めた。


「……盗っ人猛々しいとは、正にこういうことを言うんだろうな」


「理解出来ないのか? 妥協点を探ろうと言っているんだぞ? お前にはお前の目的があり、オレ達にはオレ達の目的がある。不干渉が最善だ」


「たった今、攻撃されたばかりだが?」


「手順が逆だ、阿呆め。そのエルフはオレ達の獲物で、横取りが先、攻撃が後だ。その個体に固執していると言うのなら『代替品』を差し出すのが道理だろう」


 代…………あ?


 真顔で『妥協』とか宣う黒ローブを見ていると、コメカミに痛みを覚える。


 これ以上は話してられないとばかりに首を振る。


「……………………あ〜〜〜〜〜〜〜〜、気持ち悪ぃ……吐き気がすんぜ」


「能力は見せた通りだ。交戦は得策ではない。互いに……」


 未だに宣い続ける黒ローブの言葉に被せて言い放つ。



「お前らの息が臭ぇからな。だから喋んな。息すんな。死ね」



 黒ローブの男のフードの奥に覗く、青い瞳が険しげに歪む。


「…………ふ、……ふふ! あっはっはっは! いやいやゼロさん、フラレちゃったっすね〜?」


 背後から聞こえてきた女の笑い声に、多弁だった男も沈黙する。


 次いで聞こえてきた舌打ちには、少しばかり気持ちがスッキリした。


「……馬鹿が。ならもう何も言わん。――ニケ」


「ほいほい〜。どうせそんなこったろうと思ってたんで、既に準備完了っす!」


 ニケと呼ばれたローツインの女が、黒ローブの男に促されて手を振った。


 何をしてくる――


 何が起ころうと対処してやろうと即座に構えた。


 ――――虚空から無数の刃物が召喚されたのは、そんな時だった。


 しかも躱せるべくもないゼロ距離で。


 エフィルディスにも被害が及ぶ角度から。


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