第242話
ヤバい…………過去イチ……。
明滅する視界を、どうしたものかと傍観していると、次第に焦点が定まってきた。
訪れるのも一瞬なら過ぎるのも……いや一瞬じゃねえよ。
めちゃくちゃ痛かった……。
しかしあの女が戻ってくる前に視力だけでも回復したのは御の字である。
あの灰色ローブの女も、あれで参るとは思えない。
幸い魔法の行使には問題がないようだし……。
未だ光り続ける全身が、発動箇所は何も手に限らないと教えてくれている。
……そんなの出来たんですねー?
どこぞの赤児や猫モドキのように、発光体へと進化を遂げた俺。
ローブを擦り抜けて全身から回復魔法の光を放っている。
壁ドンならぬ床ドンを決めたエフィルディスさんの全身を、余すことなく治癒するために。
…………まるで襲っているように見えるやん……良かった、人いなくて。
上に乗っかってた女を退かした影響で横倒しになってしまったエフィルディス。
焦点のあった目で捉えると、火傷の跡も薄くなり、手足も正常な方向へと戻りつつあった。
僅かに漏れる吐息も、いつの間にかハッキリと聞き取れる大きさになっている。
……よかっ……うう゛ん! これで貸し借りも無しだな。
ホッとしたのも束の間、今度は自分の心配が必要になる。
気を抜いたせいなのか、元々そういう影響下にあったのか、体が痙攣をし始めた。
……翌々日の筋肉痛みたいなやつだ。
プルプルと震える手足に力を入れて体を起こした。
下手に床ドンを続けると、不意に手の力が抜けて
冤罪は勘弁ですよ、ええ。
視点を離したところでハッキリとした全体像を捉えておこうと目を凝らす。
エフィルディスの様子は……。
五体満足で、肉体的には異常がないように見えた。
問題なのは魔力だろう。
酷く薄い。
傷が治ったところで目を開けないのは、恐らくは魔力不足によるものだと思われる。
こればかりは如何ともし難い。
他に変なところはないかと、いくら目を凝らそうとも、これ以上は本人を起こして聞いた方が早い気がした。
となると……。
「あー! わざわざ治してくれたんすかぁ? なんすかもう。ニセタナさん、いい人じゃないっすか〜?」
問題はこいつだけ、ということになるな……。
地味にショックだ。
受けた反動からして、恐らくは空前絶後の一撃を放ったというのに……。
折れた木々の向こうから、のんびり歩いてくるローツインの女は無傷だった。
それどころか雰囲気に変化もない。
…………ええ?
ニコニコと――下手したら平時より変わらない笑みで近付いてくる。
トラウマになりそう。
「そこで止まれ」
魔力を練り上げた状態で、右の手の平を女へと差し向けた。
念のため、左手でエフィルディスへの回復魔法を発動し続けている。
左右の手から別の魔法を同時に行使とか出来るんだろうか?
分からないけどハッタリは大事だろう。
こと痺れが抜けない今の俺からしたら、特に……!
秒でバレるかもしれないが、その数秒が今は惜しい!
しかし俺の予想に反してピタリと動きを止めた灰色ローブの女。
先程の油断っぷりはどうしたのか、今や立派な警戒態勢を取っている。
余計手強くしてどうする……いや待てぇ?
ピンときた。
「潰れたか?」
「ほんと……勘弁して欲しいっす〜。あれ、今はまだ数が揃ってないとかで貴重なんすよ? うぇ〜、絶対始末書もんじゃないっすか〜」
よ…………良かったあ! む、無駄じゃなかったんだね、あの攻防も?!
割と意地で押し通した感があったので後悔が強かったのだ。
それでいて相手にはダメージにならないというのだから、なんのために……と精神的にも落ちるところだった。
たぶん二度とやらない。
目の前のローツイン女を警戒しながらエフィルディスを抱きかかえた。
「……ほんと、色々予想外なんすけど。それ、持っていかないで貰えますか? せっかく捕まえた一匹なんで」
…………ほんっっっとに! こいつは一々……!
「あ! もしかして見た目が気にいっちゃってますか? じゃあそれに色々とさせてあげるんで〜? あたしらと一緒に――」
右手から飛び出した風の刃が女を襲った。
どういう原理なのか、女に近付く程に急速に小さくなって、辿り着いた時には髪を揺らす程度の威力になってしまったが……。
「喋んな、って言ったろ?」
「…………あ〜。そういう系っすか? 家畜に愛情注いじゃうタイプね〜」
挑発だ。
やられた、たぶん……今ので計られた。
その証拠に、もう怖くないとばかりに歩みを再開するローツイン。
どいつもこいつも戦うの上手ぇなあ?! くそったれ!!
気付かれないように足に力を入れる。
痺れは……だいぶ抜けているから大丈夫、な筈……。
右手をエフィルディスの膝裏に差し込むようにして持ち上げた。
「うん? どうしたんすか?」
回復魔法も解いて立ち上がる俺にローツインが話し掛けてくる。
恐らくはこれも時間稼ぎなのだろう。
どうやらあの女は俺をこの空間に留めたいようだ。
ローツインが魔力を吸い取られていない事情を考えれば、それも納得出来るもの。
しかしそれは、戦えばこそ、である。
勝手に戦ってやがれ……。
もはや会話にも付き合わずに踵を返した。
強化魔法の発動と共に未だ木々が残る方の森へと飛ぶ。
馬鹿め! こっちは既に目的を達したっつーの!
身体能力がそこまで高そうでもないことは、最初の一撃に反応しなかったことからも窺えた。
両強化の三倍を全力で駆使したら、こちらに追い付ける道理は――
急激な目眩と衝撃、耐えきれない気持ち悪さに、放物線を描いていた軌道から直下へと落ちた。
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