第225話


 エルフの少女、本名はラナリエルというらしい銀髪碧眼の少女に連れられて再びエルフの里(街方面)にやって来た。


 ぶっちゃけ森は案内無しなら迷う自信があったので、ラナリエルが居てくれて助かったのはナイショ。


 本人は喋れないというので、ボディランゲージが主な伝達手段だったが。


 セフシリアはニコニコしかしないし、猫耳は少し離れて歩くし。


 とにかく会話が皆無。


 そこで長老を捕まえがてら、ちょっと気になっていた魔女の情報収集かつ対話によるコミュニケーションを行ってみたのだが……。


「……懐かしい。彼女は、よくあそこに座って通りを眺めていた。……何故か度々鼻から血を流してな。恐らくは持病だろう」


「奇行が目立つ人でした。血走った目であちらを向いていたかと思えば、泣きながら地面を叩いて……かと思えば木陰に隠れて息を荒くする、という風な。……人間が全員そうというわけじゃないのですね」


「わたしは当時まだ二十ぐらいの子供でした。それでも肉体的には同じ年齢だからとお酒を勧められ、好きな男性のタイプを訊かれ……一度部屋に来ないかと誘われたこともありました。え? いえ、断りました。ええ、同性でしたけど……何か目の奥の光が危ない感じでしたので……」


「ああ、人間にはそういう伝承で伝わっているのね……。確かに昔、彼女の居た王国の王と教皇が毒に倒れたわ。魔女のせい、とされていたのは初耳だけど……。でもその頃には森に住んでいた気が……ごめんなさい、五年十年ぐらいの誤差だから正確には分からないわ」


「居た……たぶん。よく……覚えてない。人……だった。女……だった……」


「我々に友好的で……しかし生殖意欲が強かったのか、よく男性のエルフに視線が惹きつけられていたな。節度があったからなのか、結局番を持つことはなかったが」


 想像通りの人物像過ぎて何も言えねえよ。


 ちなみに質問は全部女性にしかしていない。


 ……と思う、たぶん。


 見た目が良すぎて、女性なのか男性なのか、境界が曖昧なのだ。


 区別がついていた魔女は化け物だと思う。


 ……女性にしても、女性的な特徴が、あれだよ……そう巨大じゃなかったり、ほんのりだったりして、分かりづらくてね?


 比較的大きい方々に訊いたから、たぶん女性。


「……なんか、魔女って聞いてたのと随分違うんだけど……」


 魔女の情報収集に興味があったのか、一歩空きぐらいの距離に縮まった猫耳娘が言った。


 こちとら日記からして『やっぱりなぁ……』って感じなのだが、あちらの伝承と人物像が違い過ぎて驚いているのだろう。


 まあ、変、態、さん! なので。


「うーん、でも王様と教皇様とやらは、実際に毒で死んでるらしいぞ?」


 ちょっと休憩とばかりに、歩道の脇に備え付けられているベンチで一休みしている。


 ラナリエルが持ってきてくれた果実ジュースを受け取るべきか否か……。


 ここで奢られるわけには……! しかし実物がもうあるのに断るのもどうかと?!


 受け取った果実ジュースは、片手で持てるサイズの瓜のようなにストローが刺してあるものだった。


 南国で飲まれるというココナッツジュースの小さいバージョンみたいだ。


「それさぁ……魔女がやったとは限らなくない? お尋ね者だった魔女がお城や神殿に入れるとは思えないし。それに、なんかもっと魔法とかでバーッ! とやってる想像だったから……毒ってさぁ、それじゃまるで……」


「なんか陰謀っぽくはあるよな」


「そうよね。ハァ……なんか、それこそ辺り一面火の海にしたとか、人間を軒並み獣に変えたとか、そういうのを期待してたんだけど……」


 きみ、人間嫌い過ぎない?


 ストローでジュースを飲みながら、一人不満顔の猫耳さん。


「薬屋だったから……なんて、在り来たりな理由過ぎるし、そもそも王様とかが死んだ時に既にここに居たんなら……ただの擦りなすり付けじゃん」


「そうかもしれんし、そうじゃないかもしれん」 


「……まあ実際に存在した人物なんだろうけど、昔話だし。でも……なんかさぁ? ……あああ! なんか納得いかない?!」


 言いたいことは分かる。


 俺も猫耳娘から聞いた昔話は『誰?』って思ったもん。


 逆の視点からしても『誰?』って感じなんだろう。


 あまり興味がないのか、俺と猫耳娘に挟まれる形で座っているラナリエルは美味しそうにジュースを飲んでいる。


 三人で水分補給をしていると、情報収集なんてやっていたから目立ったのか、またしても子供がワラワラと寄ってきた。


「人間、大丈夫だったか!」


「だいじょーぶ?」


「おれ、キズにきく草持ってきた。苦いけど」


 生意気そうな子供エルフおすの顔は覚えているんだが……あとは似たりよったりなのでハッキリ覚えていない。


 ただ、うちの村の子供達より心配してくれているという点で……ちょっと思わないことがないこともない。


 モモちゃんとか、傷口にツバ付けようとすんねん……いや、優しさなのはわかるけど。


「ああ、大丈夫だ。苦い草はいらない。口に入れようとしないで。袖を引っ張るな。背中を登るな。フードを取ろうとするな」


 ドサクサに紛れて引っ張るんじゃねえよ、猫。


「ええい! 鬱陶しい!」


 ガーッ! と人間ごっこを始めてやったら蜘蛛の子を散らすように楽しげに逃げて行ったので、再びベンチに座り直した。


「……おっかけてこないの? なんで?」


「大人は急がしいんだよ。仕事があるから、また今度な」


 一人戻ってきた子供エルフめすに、こういう時の定型文で誤魔化す。


「おしごと! なにするの? またちょうろうのとこ、いくの? いっしょにいく!」


 そういえば昨日案内してくれたのも子供だった。


 ……どうにかして撒かなければ。


 このままではヒモ、もとい温情が継続されてしまうからな。


「今日はご飯を取りに行く。自立だ。一人前だから里の外でもやっていけると証明しよう、そう思っている」


 手紙は書くから。


 流石に外の森まで付いてこれまい――――なんて浅はかにも考えたから。


「いく! ――ねえみんな! にんげん、ごはんとりにいくんだって!」


 結局は子供大行進を二日連続でやることになった。


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