第224話


 ちょっと便利だな、とか思っちゃう自分が嫌だ。


「――」


「『でしょでしょ?』みたいに頷くのやめてくれる?」


 結局、全員で外に寝ることになった翌日。


 どういうことになったかと言うと、蓑虫が四つ地面に並べられた、としか言えない事態である。


「……他の奴のを見ると、ほんとに異様な光景だよな」


 繭のようにも見える木の根を横目で確認。


 なんか映画でこういうの観たことあるよ……人類が機械に搾取されるっていう映画でね。


 地面から生えた木の根っこが、エルフと獣耳と黒ローブをグルグル巻きにしている。


 顔だけ出しているので呼吸には問題がないが……見た目からしたらアウトと言っていい。


「でも便利なんだよなぁ……」


 そう、便利なのだ。


 どういう原理なのか、木の根に巻き付かれている間は排泄も洗浄も必要がないらしく、風呂もトイレもしなくていいという……。


 なんともニート製造機を思わせる植物になっている。


 この、闇緑樹というやつは。


 中でも精霊が生まれる程に成長したセフシリアこやつは、他の闇緑樹より遥かに優秀なんだとか。


 何かを期待しているようにグネグネと動く木の根に、魔力を分け与える。


「――!」


「オーケー、分かった、ステイ、抱き着いてくんな。せめて顔はやめれ。髪を引っ張んな。それもう暴れてるだけだからね?」


 顔目掛けて突っ込んできたセフシリアが、手当たり次第とばかりに叩いてきたので止めるよう訴えた。


 もう怒ってんのか喜んでんのか、わかんねえな、これ。


「やっぱり懐いてるわね、セフシリア。なんでかしら? 本来は気難しい精霊なんだけど」


 ……いや、こいつ相当な卑しん坊だぞ? 魔力貰えるんなら誰彼構わず着いてっちゃうんじゃない?


「お前も魔力を与えてみたらどうだ? そしたら狂乱して襲ってくるから」


「バカね。それが出来たら苦労はないわよ。いーい? 見てて」


 そう言うとセフシリアに木の根を解くようにお願いしたエフィルディスが蓑虫から抜け出して、腹の辺りでボールを掲げ持つように掌に魔力を集め始めた。


 うわ、すげぇ。


 エフィルディスが集めた魔力は、体のどの部分からも漏れ出すことがなく、きっちりと、それでいて力強く掌の上で渦を巻いた。


 その魔力の鮮烈さに釣られるように、セフシリア本体の根っこがエフィルディスの手に絡む。


 あっという間に魔力が木の根を伝わっていく。


「どう?」


 食事完了なのだろう、エフィルディスはそう言ってこちらを向いた。


「いや、凄いな。これならセフシリアも大喜びだろ……お?」


 ニコニコフヨフヨと浮かぶ赤児は、先程までの狂乱ぶりはどうしたのか、エフィルディスに突っ込んでいくことなく……ともすれば『ありがたい』とも思ってなさそうな平常運転だった。


「ね? そんなものなのよ、普通は。だからちょっとショックだわ。やっぱり魔女とか呼ばれてる人間が関係あるのかしら? むう」


 珍しく感情を顔に出すエフィルディス。


 への字になった口元が遺憾の意を示している。


 魔女……魔女ねえ?


 どちからと言えば腐女って言われた方が頷ける、恐らくは俺の先輩。


「関係……あるのだろうか? な~んかイメージ湧かないんだよなぁ……偉人とか大罪人とかは言われてそうだが……」


 少なくとも異世界満喫してんな、ぐらい。


「何よそれ? 魔女って人間の世界じゃ偉人なの? 大罪人って呼ばれるのは分からなくもないけど」


 そりゃ魔女だからな。


 俺は昨日猫耳娘が聞かせてくれた昔話をエフィルディスに語った。


「へー、そんな謂れがあるのね」


「へー、って……随分無関心だな? エルフの里に居た人間なんだぞ? 危機意識持ったりとかないのか?」


「って言われて、もう居ないし。それにエルフにだって受け入れる判断基準ぐらいあるわよ。いくらなんでも、そんな危険人物なわけないと思うわ。気になるんなら、里で会ったことがあるっていうエルフを捕まえて、話を聞いてみればいいじゃない? たくさん居るわよ」


 おっと、それは俺に地雷を踏み抜けと言っているのかな?


「それかあの家を調べてみればいいんじゃない? 何か見つかるかもよ? エルフは人間の家に興味なんて無いから入ったこともないけど」


 これ以上何か見つかったら心を保てないだろ?


「うーん……むむむ」


「それじゃ、私は行くわね。役割があるし。またご飯持ってくるけど、もし自分で森の実りや獣や魚を取りたいって言うんなら、適当に成人したエルフを捕まえれば教えてくれると思うわ。じゃあね」


 軽く手を振って森に消えて行くエフィルディス。


 手を振りながら見送っていると、不意に、唐突に、残された俺の胸に虚無感が到来した。


 な、なんこれ? この、虚しさというか置いてけぼりというか、疎外感に近いような感じは……。


 理性が『やめろ!』と訴え掛けている。


 事実に気付こうとする俺の思考に精神が必死にロックを掛けている。


 しかし努力虚しく……喉元に刺さる棘のように、俺は真理を見つけてしまう。



 …………もしかして俺って客観的に見るとヒ――――



 いや無い! あり得ない! 断じてない?!


「よ、よーし! 今日こそファルカムナ様に里から出ていく方法を聞きつつ、自分の糧を自分で取っちゃおうかなー!」


「なに当たり前のこと言ってんの?」


 ムクリと起きてきた猫耳娘にビクリ。


 もしかして寝たフリってやつだろうか? そういうの良くないと思う。


 再び伸びてきた木の根に魔力を与えて『ほら、仕事してる!』なんて理由を付けて自分を慰めつつ、今日は山菜や魚を取ろうと決意した。


 別に猫耳娘のジト目が痛かったわけじゃない。


 ジト目に見つめられるのは慣れてるから。


 ほんとだから。


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