第222話


 いや誇張が過ぎるだろ。


 炎上させてたのは間違いないと思うけど、それ別の意味やで。


 ともあれ。


 パチパチと興奮を表すように拍手するエルフの少女に乗っかってスタンディングオベーション。


「いや上手いもんだな? 昔話。詩の部分とか、よく覚えてられたよ」


「お、大袈裟に言わないでよ。これぐらい普通だから。……誰しも一度は聞くもんでしょ? 『テオテトリの魔女』なんて」


 残念ながら我が村では妄想昔話しか流行ってなくてだね?


 しかしまあ……。


 全力で主人公してるじゃん、魔女さん。


 ただの腐れ女子とか思っててごめんね?


 異世界転生してる腐れ女子だったんだね?


 話に出てきた薬っていうのも、調味料とか腐葉土肥料とか火薬っぽいもんな。


 紛うことなき異世界転生物やん。


 ……それでいて日記との落差を鑑みると……この魔女さんが実はサイコパスなのか、昔話風に都合良く改編された風刺なのか、ってところだろう。


 両方ありうるな、うん。


 だって狂騒の館にはビッシリと書き込まれた魔本があるもの……。


 ちゃんと炎の中に消しといてくれよ。


「なんか全部二つなんだな? 詩もそうだけど……夫婦とか、使者とか」


 蘇り掛ける記憶を封じ込めようと、気になっていた部分を猫耳娘に問い掛けた。


「まあ、昔話だし。こういう話って選択を迫られるのが多いじゃん? あたしが聞いてた結論は『魔女に関わると炎に消える』とか『魔女に関わると碌なことがない』とかだね」


 二者択一のどちらもハズレとか言いたいのだろうか? 魔女に関わると不遇になるという結果を刷り込みたそうな昔話ではある。


 アリとキリギリスの逆というか何というか……。


 あれだって執政者にとっちゃ『働くのは尊い!(だから頑張って税金稼いでね)』みたいな考えを幼少期から国民に刷り込むには丁度いいわけで。(偏見)


「だから、まさかエルフの居る森にテオテトリの魔女が住んでた家があって、しかもわざわざそこで生活する奴がいるって言うんだもん。頭おかしいって思うでしょ?」


「それはどっちが?」


「両方よ」


 エルフと魔女がだね? 同感。


「あんたさぁ〜……」


 な、なんすか?


 猫耳娘の特大の溜め息にビクリと反応してしまう。


「さっきから全っ然、気持ち悪がってないけど……なに? あんたも……もしかしてアニマノイズなの? それともエルフ? それならそうと言って欲しいんだけど?」


 猫耳娘の「――それともエルフ?」の台詞にエルフの少女が期待の眼差しを向けてきた。


 ふっ、そんな目で見られちゃ仕方ねぇ。


 おじさんは子供に夢を与えるのが仕事!


「いや、全然。普通の人間ですけど? それこそ辺境の村とかに掃いて捨てる程いるよ」


 ここはムラ村だよ! とか言っちゃう系だ。


 残念ながら今生じゃ、まだ子供なのよね。


 分かりやすく顔を青くするエルフの少女に心の中で謝る。


 ごめんなぁ、自分村人やねん。


「普通って……あんたがぁ?」


 ただ猫耳娘の方は疑わしげな表情で睨めつけてくる。


「何を言うんだ。どっからどう見ても……」


 ふと己を見返せば黒装束。


 しかも変なエフェクトが付いている。


 おやぁ? 幼馴染の女の子がくれた服が俺の平穏の邪魔をするぞぉ?


 自分のローブを見て固まっていると、猫耳娘が指差してきた。


「ねえ、ちょっとそれ脱いでみてよ?」


「いきなり脱げとか言ってくるし。なんてことだ……変態さんなんですね?」


「ああ?」


 怪我を治す前には見られなかった尖った八重歯を披露してくれる猫耳娘。


 いやだなぁ、冗談ですよ? ハハハ……。


 フラリと立ち上がる猫耳の、開かれる瞳孔が縦。


 しまった?! 冗談が通じない系の思春期か!


「……悪いけど、あんたが人間なら……あたしは絶対に信用できない。とても人間には見えないから、こうして話せてるけどさ。これからここで暮らしていくなら、あたしとしては知っておきたいの、わかる?」


 ……オロオロとするエルフの少女、可愛いなぁ。


 ちょっと遠い目をしながら一歩下がる。


 何が琴線に触れたのか、一触即発の雰囲気を醸し出す猫耳娘。


「……あんたが人間なら、あたしはここに居られない」


 猫耳娘が一歩詰めてくる。


「へ、へぇ〜。奇遇だな? 俺もここに長居するつもりはないんだ」


 一歩下がる。


「でもここから逃げればエルフに殺される。じゃあどうするかなんて……わかるでしょ?」


 一歩詰める。


「人間以外に……変えられちゃう?」


「そんなこと出来るわけないでしょ?!」


 飛び掛かってきた猫耳娘から脱兎のごとく逃げ出した。


「ちょっとフード脱ぐだけじゃん! ――逃げんな!」


「諸事情からお断りします。親からー、知らない人にー、顔見せちゃダメって言われてるからあ〜」


 セフシリアの本体である闇緑樹の周りをグルグルと回る。


 セフシリアも楽しそうにグルグルと回り始め、エルフの少女も加わった。


 ほんっと、子供ってのは走るのが好きだなぁ。


「なあ、遊ぶのは今度にしない? 俺ってば病み上がりなんだよ……」


「あ、遊んでないわよ?! ラナリエルも! 並走してないで捕まえてよ?!」


「ほほう? ならセフたんはこっちだな? ――セフシリア! 君に決めた! 木の根で縛り上げるだ! ……なんで首を横に振るん?」


 敵しかいねぇよ。


 ギャイギャイ言い合いながら暫く追い掛けっこを続けた。


 猫耳娘がへとへとになる頃に、エフィルディスが夕ご飯を携えて現れた。


 木の根元で寄り掛かるように倒れた少女達を見下ろして、呟くように問い掛けてくる。


「……何してるの?」


「ああ、聞いてくれよエフィルディス。あいつら俺の服を無理やり脱がそうとするんだ。エルフはどういう教育をしてるんだい? ええ?」


「……何してたの?」


 ええ?! 今言ったじゃん、その耳は飾りかね?


 夜が間近に迫っていることを告げる夕日が、赤々と森の隙間にある魔女の広間を照らし出していた。


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