第221話 テオテトリの魔女


 昔々、コロアドル王国にあるテオテトリという街に薬師の夫婦が住んでいました。

 調薬が盛んな街で、その夫婦が営む店は良くもなく悪くもないという位置に着けていました。

 しかし夫婦は健やかで何不自由ない毎日を過ごしていました。

 ある夜、夫婦が寝ていると夢に神様が出て来ました。

 神様は言います。

『力を授けた。好きに育てよ』

 目覚めた夫婦は夢の話をしました。

 しかし神様の言葉を理解出来ません。

 自分達が神の力を得たようには思えず、故に育てるも何もないと思ったからです。

 薬師の夫婦が神様の言葉を理解出来たのは、自分達の子供が生まれてからでした。

 黒髪で黒目の女の子でした。

 とにかく奇妙な赤ん坊でした。

 その赤ん坊は成長が早く、瞬く間に文字を覚え、喋り、歩くようになりました。

 これが夫婦には奇妙に見えたのです。

 何故なら教えていない文字を操り、教えていない言葉を喋るからです。

 まるで最初から与えられていたかのように。

 夫婦は神様の言葉を思い出しました。

 夫は言います。

『この子は神の子だ。神殿に預けよう』

 妻が言います。

『この子は神の子よ。大切に育てましょう』

 互いの解釈の違いから不和が生まれました。

 夫婦は別れ、妻だった女が赤ん坊を引き取りました。

 それでも互いに薬師だった元夫婦は、別々に店を構え薬師を続けました。

 赤ん坊はもの凄い速さで育ちました。

 大人のような言葉遣いで、大人のような所作で、大人すら知らない知識を披露して。

 赤ん坊は少女になりました。

 少女は妻だった女の仕事に興味を持ちます。

 そして誰に教わるでもなく薬を作り上げました。

 見たことも聞いたこともない薬です。

 神様の薬です。

 全能の薬です。

 少女が作った薬を食べ物に掛けると、食べ物が美味しくなりました。

 少女が作った薬を花や木に掛けると、花や木が瞬く間に育ちました。

 少女が作った薬を火や水に焚べると、火や水は激しく膨らみました。

 誰も知らない薬です。

 誰も作れない薬です。

 妻だった女の店は、あっという間に有名になりました。

 そして少女の話も広がりました。


 天が授けしコロアドル、穢れも濯ぐ癒やしの水よ。


 枯れぬ泉よテオテトリ、尽きぬ知恵にて足りぬ手よ。


 幾つもの詩が生まれ、幾つもの薬が生まれ。

 やがて青い血脈の耳にも入ります。

 やがて神の使徒の耳にも入ります。

 時の王様は言いました。

『王の地に、神の子は不要である』

 時の教皇様は言いました。

『人の地に、神の泉は必要である』

 王様からの使者は妻だった女の元に。

 教皇様からの使者は夫だった男の元に。

 それぞれ娘を渡せと伝えます。

 妻だった女は答えます。

『これは私の娘です。決して神の子ではありません』

 夫だった男は答えます。

『あれは神の子です。どうぞ神殿にてお育てください』

 返礼を受けた使者は夫婦だった男女を殺しました。

 妻だった女も、夫だった男も。

 王様からの使者は言いました。

『王に対して嘘を吐いたな。嘘であった時も殺せと言われている』

 教皇様からの使者は言いました。

『神の子の親は神でなくてはなりません。親は殺せと言われています』

 一人になった少女に、王様からの使者が剣を突き付けます。

 一人になった少女に、教皇様からの使者が手を差し伸べます。

 少女は使者に問い掛けます。

『誰? 私の親を殺したのは誰?』

 王様からの使者が答えます。

『それは私だ。王が治める王の地に神は不要だったから殺した』

 教皇様からの使者が答えます。

『それは私です。神の子に人の親は不要だったので殺しました』

 答えを受けた少女が魔女へと変わりました。

 神の子が魔女へと堕ちていきました。

 魔女は教わることのない呪文を唱え、教わることのない魔法を放ち、王様からの使者と教皇様からの使者を殺しました。

 魔女は死者に問い掛けます。

『貴方達に命令したのは誰? 黒幕は誰?』

 王様からの死者が応えます。

『王様である』

 教皇様からの死者が応えます。

『教皇様にありましょう』

 更に死者が応えます。

 王様からの死者が言いました。

『これは神にて仕組まれた』

 教皇様からの死者が言いました。

『これは神からの思し召し』

 答えを受け取った魔女が、街に呪いを放ちます。

 呪いは街を覆いました。

 街はたちまち燃え上がり。

 しかして魔女は止まりません。

 魔女の憎悪は尽きません。

 魔女は王都を襲います。

 魔女は王様を殺しました

 魔女は神殿を襲います。

 魔女は教皇様を殺しました。

 しかしまだまだ魔女は止まりません。

 魔女の憎悪は涸れません。

 やがて魔女はあらゆる物に呪いを掛け始めました。

 あらゆるものを燃やしていきました。

 人を、物を、地を、天を。

 やがて燃やすものがなくなりました。

 魔女は最後に自分自身に呪いを掛けました。

 自身自身を燃やしました。


 地に沈みしはコロアドル、天より墜ちる昏き色よ。


 涸れぬ怨みよテオテトリ、消せぬ炎に絶えぬ血よ。


 魔女は国から消えました。

 魔女は街から消えました。

 魔女は炎に消えました。

 しかし魔女の呪いは消えません。

 魔女の炎は消えません。


 足取り知れぬ昏き魔女、明日は何処ぞに怨み撒く――――


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