第220話
「これは…………繰り返してる?」
「――」
「いや何言ってるか分かんねえから」
グルグルに巻かれた木の根の侵食具合が激しい。
ぶっちゃけもう目のところしか空いてないんだけど? 消化一歩手前っていう理解でいいかな?
視界にはフヨフヨと空を泳ぐ赤児がいい笑顔。
知ってる笑顔だな。
「――」
「ああハイハイハイハイありがとありがと」
どうやらまたしても傷の手当てという大義名分で俺をパクパクしていたらしい。
本当に消化されては堪らないので、魔力を練り上げて吸わせた。
猫にマタタビを与えたように興奮し始める赤児にドン引きである。
ペチペチバシバシと手足が唯一視界を確保している隙間に当たり、ついには何も見えなくなる。
こいつは……?!
「お前……もしかして俺の顔に座ってねえか?」
お前が履いているカボチャパンツの柄一色なんだけど? うん、覚悟はいいか? お? 食人植物。
ずっと頭に乗っけてたから、変な習慣が身についてしまったのかもしれない。
いやこれも魔女の仕業だな、うん、俺関係ない。
「よーし、じゃあ解放してくれ」
「――」
視界の柄はともかく、シュルシュルという音と共に体を締め付けていた木の根が引いていく。
相変わらず聞き分けだけはいい……いや聞き分け良かったら顔面にケツ乗っけたりしないか。
自由になった手で、まずはセフシリアを持ち上げて頭頂部にケツをズラした。
「これでよし」
「取っ払ったりしないんだ?」
「まあ一応、怪我を治してくれる存在らし待てぇ?」
知らない声なんだが?
響いてきた声の方へと首を巡らせると、体育座りのように地面に座り込んで膝に顎を乗っける……猫耳を発見。
なんか既視感。
「紛らわしい髪色だけど勘弁してよね?」
ピッと軽く手を上げて挨拶してくる猫耳少女。
つい最近、似たような少女を見捨てた記憶があるなぁ……うん。
縦に裂ける瞳孔が、見透かしてやるとばかりに俺のフードの奥を覗いてくる。
サッ、と咄嗟に手で
「あ、人違いです」
「あんたみたいな人間が二人もいちゃ堪んないわよ。ローブで、怪しくて、頭おかしい」
「セフシリアたん? 凄く傷ついたから治療してくれる?」
なんでこんな時ばかり首を横に振るのだろう? お前どこ産だ? ああん?!
「ハア……」
溜め息の音に猫耳少女へと視線を戻す。
ビックビクですよ、ええ、何か?
……怒ってるのかなぁ? 怒ってるんだろうなぁ……「助けない」とか宣って牢屋に置いてったもんなぁ。
しかも続々とやってきた兵士は俺狙いという。
凄い疫病神ムーブ。
……落ち着け、ここはフランクに。
如何にも『お互い助かって良かったね?』的な雰囲気で行くんだ……!
「えー……久しぶり?」
「数日ぶりを久しいって言うんなら、そうね。兵士で溢れる牢屋ぶり」
「すんません」
「どうして謝るの? お互い助かって良かったじゃん。――まあ、普通に逃げるより兵士の数が多くて大変だったけど」
おふっ?!
「……ごめんなさい」
「全然気にすることじゃないでしょ? 一歩間違えてたら死んでたってだけだもん。いいのよ気にしなくて? あたしは、全っ然! 気にしてないから」
こいつぅ……?!
「いや、ほら? そもそも怪我は治してあげたじゃん。牢屋からも出れたんだし……」
「そうそう。牢が壊されてるから逃げるタイミングも計れず、仕方なく逃げようとしたら、いつもの何倍もの兵士が彷徨いてるの。ほんと親切。しかも何故かは知らないけど、他の国の兵士も攻めて来てるって言うし」
「土下座でいいかな?」
身に覚えがある情報だな? ……もしかしたら、万が一だが、俺が関わっているのかもしれない。
割と強めに責めて来ていたので反抗するつもりだったのだが一瞬で消沈である。
そういえばこの猫耳、『人間』は敵というスタンスだった。
こっちの国の人間は良い奴で、あちらの国の人間は悪い奴、とかないよなぁ。
やれやれサラリーマン時代に鍛え上げた謝罪方法でもお見舞いしてやろうか、なんて思っていると腕を引っ張られた。
前に居るボブカットの猫耳娘ではない。
ギュッと抱え込むように俺の腕を取ったのは、
仏頂面の猫耳娘とは違い、嬉しそうな笑みを浮かべている。
風に靡く長い髪の色は、銀。
猫耳娘と一緒に牢屋に居たエルフの少女だ。
「生きてたのか……?!」
「その言い方はマズくない?」
あ、いや、良い意味でね? 嬉しいな、って意味でだよ? 勿論。
コクコクと頷くエルフの少女に合わせて、セフシリアもコクコクと頷いている。
……あれ? そういえば……。
「その子、喋れないんだ。一時的にらしいけど」
ふとした疑問に猫耳娘の方が答えてくれた。
そうなのだ。
どうもこのエルフの娘と言葉を交わした記憶がない。
「そうか……言葉がな…………うん? 一時的って言った?」
「そう、一時的。あたしが会った時にはもう喋れなかったから知らなかったんだけど、その子、自分で自分の声を封印したんだってさ。よく分かんないけど、他のエルフの人がそう言ってた。この……里? に戻らないと解けない封印なんだって。もうそろそろ喋れるようになるとかも言ってたけど……なんかエルフの『もうすぐ』とか『そろそろ』って宛てになんなくない?」
わかるぅ〜。
ウンウンと頷いていると赤児と無口エルフもコクコクと参加してきた。
呆れたような表情を浮かべて、猫耳娘が続ける。
「あたしてっきり、人間に酷い目に遭わされたからそうなったのかと思ったんだけどさ……いや酷い目には遭わされたんだろうけど。まあ、いいよ? エルフだし。人間じゃないし。でもまさか里から出られなくなるとかは言って欲しかったかな〜」
凄くわかるぅ!
しかし別に迷惑だとは思っていないのか、慌てて俺の腕を離し、今度は猫耳娘に抱きついたエルフの少女の頭を、猫耳娘は優しげに撫でた。
「いいよ、別に。これと言って目的地があったわけじゃないし、故郷なんて無いし。それにここなら割と平穏に暮らせそうだしね。あたしみたいなアニマノイズはさ」
おっと、聞き覚えのある単語ですね?
確かターニャが獣人云々の話をした時にそんなことを言っていたような……。
正直、あまり真面目に聞いていなかったので覚えていない。
どうにかアニマノイズがなんだったか思い出そうと物思いに耽る俺に、盛大に溜め息を吐き出した猫耳娘が水を向けてきた。
「それにしてもあんた……あまりあたしのこと気にしてない風に見えたけど、まさか『テオテトリの魔女』の家に住むなんて……本当に頭おかしいの?」
「ああ、それについては猛省しているところだ。まさかあそこまで業が深いとは……」
「……なに? やっぱりなんか残ってたの? もしかして……魔女の遺産、とか?!」
「あるにはあったが……そんな良い物じゃないぞ? そう……さしずめ負の遺産、とでも言おうか……。流石に魔女と呼ばれるだけはあったな。耐性がある俺じゃなきゃ殺られてたところだ……危なかった」
「そ、そう。あんた、あれだけ強いのに危なかったんだ。……流石は魔女ね、散々昔語りにされるわけだわ」
「昔語り?」
「そうよ? 聞いたことない? 『テオテトリの魔女』。タイトルまんまの魔女の話」
ブンブンと首を横に振る。
繰り返される三重奏に猫耳娘は微妙な表情だ。
まあ、精霊、エルフ、黒装束の三コンボだもんな、気持ちは分かる。
せっつくようにエルフの少女が猫耳娘の服を引っ張った。
「なんか話して欲しそうだぞ?」
「そうね。あたしにもそう見えるわ」
ハア〜、と再び溜め息を吐き出して「仕方ない」と切り替える猫耳娘。
意外と面倒見がいい。
「えーと、そうねー。昔々――――」
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