第218話


 エルフっていうのは……もっと静寂と自然を愛する物静かで半分妖精みたいな種族だと……思ってたのに……。


 イメージじゃ菜食主義で欲も浅く、常に森に居る超絶とした存在、って感じだった。


 しかし、実際には……。


「静かなのは好きよ? そうね、確かにそれは種族性だわ。でも妖精って、例えが悪くない? 魔物よね? どうせなら植物に例えて欲しいわ。うん。野菜や果物は好きね。だからって肉や魚を食べないわけじゃないけど。どちらかと言うと、私は魚が好き。欲が浅いってさあ……それって人間と比べてって意味でしょ? じゃあ勝てる種族なんていないわよ。人間が強欲なのよ」


 と、常に森に居る超然とした蛮族がおっしゃっています。


 彼女が言うには、エルフだって生きるために獲物を狩ったり森から恵みを頂戴したりするのは当たり前、とのこと。


 確かに森に住んではいるが、地を寝床に空を屋根に、といったわけでもない。


 住みやすい住居も作れば、己の種族性に沿った社会だって形成される。


「そもそも自然に生きるんなら、身を守る力は必須じゃないかしら?」


 ……ですね、自然って厳しいのがデフォルトですもんね。


 弓や精霊術までならまだエルフっぽさを理解出来ていたのに、組打ちや罠の研鑽に首を捻るというのならそれはエゴだろう。


 …………そう、エゴ……これはエゴさ。


 でもやっぱりエルフってそうあって欲しかったよね?! 欲を言えば嫋やかたおやかで静けさを好む種族であって欲しかった! 黒髪ロングは清楚って信じたかった?! それぐらいショック!


 外見は完璧にイメージするエルフなのだ。


 まず金髪碧眼。


 これはどのエルフも同じなようで、こっちの世界の人間の茶髪茶目より高い比率だ。


 ともすると遺伝でもないのに違う色の子供が生まれる人間の方が変なんだろう……ターニャとか後から変化したぐらいだし。


 基本的に痩せ型で、太っている奴は一人もいない。


 それもまた種族性なんだろう。


 そんで誰しもが美形で耳の先が尖っている。


 まさにエルフ。


 なのに徒手空拳で組み手なんかやっちゃってる。


 しかも……。


「それに俺を巻き込んでくるとか……なんなの? どんな蛮族なの?」


「そんなに変かしら? 縄張りに新人が入って来たら序列を付けるものじゃない?」


 発想が不良野良犬過ぎて笑える。


 いや笑えないけど。


 エルフの訓練場だと言う森の一角にて、エフィルディスと子供達に囲まれるようにして座っている。


 嘘みたいだろ? 捕まってるんだぜ、これ……。


 元々あった石を椅子代わりに、戦う場所を瞬く間に作り上げるエルフ達を見ている。


「木はあった方がいいんじゃないか?」


「人間は平地で戦うことを得意としている。森に近い環境では全力を出せないだろう」


「地面は固い方がいいか?」


「しかし草を退かすのなら柔らかくしておくべきでは?」


 ポツポツとした会話を交わしながら、訓練場だと言う広場の中央に、リングを作り上げるエルフ達。


 下草が生き物のように動き地面が露出したかと思えば、幾つもの木の根が円形の土俵のように境界を作る。


 あっという間に決闘場の完成である。


 エルフが手を翳すだけでモコモコと自然が動き出す様は、観客として手品を見せられている立場なら拍手を送れた。


 ……でも今は裁判逃走の時間すら与えられなかった虜囚の気分ですよ、ええ。


 暗い表情で己の運命を呪っていると、ポンポンと背中を叩かれた。


 エフィルディスだ。


「そんなに落ち込まないでよ、冗談よ冗談。ただ貴方の強さに興味があるって話になって、ちょっと実力が見てみたいって言うエルフが出ちゃったのよ。武器も精霊術も無しの、ただの組み打ちだから」


 それを喧嘩と言わないのかな?


「今からでも断れるなら断りたい。だって殴り合うんだろ? 痛いんだろ? 怖いんだろ?」


 痛くするんでしょ? 怖く来るんでしょ?


 試合なんて言葉で誤魔化されはしないぞ、こちとら元は非暴力主義出身なんだから。


 どこぞの運搬役試験と違い、そもそも理由も無いのだし。


 やらないでいいならやりたくない。


「人間って驚くほど度胸がないのねー。そんな考え方で、よくオーガの群れに突っ込めたものね」


「覚えておけ? 『勢い』、何よりも大事……」


 逃すと婚期すら失うのだ……人間には余裕と助走が必須だと俺は考えている。


 貯金と保身は最早本能なんだよ、わかる?


「呆れるんだけど……。それでよく今まで生き残ってこれたわね? チョチョイとやっちゃえば? 強いんだから」


「強いねぇ……」


 決闘場リングに一人のエルフが立った。


 本来なら着ているであろう装備は外して平服姿だ。


 表情には別に憎悪や憎しみが宿ったりしているわけではなく、ただ静謐。


 しかしそれは周りを囲んで見物しているエルフの様子にも見られることだった。


 ……どうもエルフっていうのは盛り上げ方を知らないらしい。


 なにこれ?! 確実に『お前じゃない』って空気で前に出る奴みたいじゃん?!


「ハァ……やれやれ」


 現実で「やれやれ」なんて使うことがあるとは思わなかったよ。


 どっこっしょ、と腰を持ち上げると「がんばれー!」と子供エルフ達が声援をくれた。


 やめてよ、涙出ちゃうだろ?


 ちょっと分かってきたのだが、恐らくは年齢を重ねれば重ねる程にエルフは感情が表に出にくくなるものなのだろう。


 つまり里で手を振ってくれた可愛いエルフは……!


「なんかイラッとするわ」


「気のせいですよ」


 セコンドよろしく後ろをついてくるエフィルディスが女の勘を発揮してくる。


 ……気をつけねば! あれは女性特有の能力レディ・ファースト……! どんなにバレないように策を講じようとも「勘」の一言で突破してくる無慈悲な力……っ!


 下手に勘繰られたら余計なことまで露見しかねないのだ。


 いやほんと、どうして見つかるんだろうね? 健全な男の子の秘密とかさ?


 土俵に立つエルフより背後に立つエルフを警戒しながらリングイン。


 すると土俵際に立ったエフィルディスがリングの中に立つエルフに声を掛けた。


「アグラも面倒な奴よねー。個人の武力なんて限界があるんだから、一々気にしなくてもいいのに」


「個人的な興味だ」


 じゃあ断ってもいいのかね?


 アグラと呼ばれたエルフと向かい合って立つ、すると他のエルフが手を上げて語り出した。


「人間に説明しよう。『地の際』を越える、意識を失う、精神が昂ぶる、いずれにしても負けだ。裁定はここに居るエルフ全てが行う。『否』と判断したエルフが止めに入れば、そこまでとなる。質問は?」


「倒れた後での加撃は?」


「倒れ方や意識の有無、精神の振れから各々のエルフが判断する。他には?」


「野蛮って言われない?」


「私は生まれてから二百の歳月を数えたが、初めて言われたな。他には?」


「『クソくらえ』」


「……何と言ったのだ? 人間特有の名称か?」


「素敵ですね、って言いました」


「覚えておこう。――では、構え」


 十メートル程の距離を空けて立つエルフが、僅かに腰を落とした。


 手の平は開けたまま直立、無手の構えというよりかガンマンの撃ち合いのような立ち姿だ。


 こちらは息を吐き出してから、しっかりと腰を落として構えを取った。


 左足を前にして半身になると、右拳を引くように腰に追っ付けて、左手を開いたまま体の前に。


 ――――なんとなく格闘してそうなポーズで対峙した。


「始め」


 構えから始めまで本当に静かで、他のエルフは真剣に試合を見ているというより、ただ時の流れに身を任せているかのように感じた。


 開始の合図が掛かると、アグラと呼ばれたエルフが一息で距離を詰めてきた。


 速っ――――?!


 十メートルとあった余裕は一瞬で失われ、瞳を至近距離でまざまざと見せつけられる。


「このっ……!」


 隠すように構えていた右拳を大きく振った。


 ヌルッ、と蛇のように、振った腕が何かに巻き取られ――――


 ハッキリと分かるのはそこまでだった。


 強い衝撃が体と――後頭部を貫いた。


 意識が何処かに向かう中、エフィルディスの「……あれぇ?」という声が最後に響いていた。


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