第217話

「どうかした?」


「俺が? いや何も? 健康過ぎて困ってるぐらいだが?」


「困ってるじゃない。……人間って変なことで困るのねー」


 今ほど表情を確認されずに済んで良かったと思うことはない……!


 ナイスだ胡散臭いローブ! 顔の上半分だけ見えないとか中途半端だななんて思っててごめん! 役に立ってます!


 念の為とばかりにフードを端を引っ張って顔を隠した……驚いていることを知られたくないために。


 …………いや、確かに便利な能力だとは思っていたけど、そこまで特殊な物なのか?


 テトラのアレは。


 ちょっと愛くるしさが人類を超えちゃったから、精霊すら惹きつけれるようになった……とかじゃなく?


 意思の疎通、ねぇ…………してる感はあった、ような無かったような……。


 いや気のせいだよ、疲れてんだわ。


「ちなみに……ちなみになんだけど? もし精霊と完璧な意思の疎通が出来る存在が居たとしたら…………それって凄いの?」


「えーと……これって言っていいのかしら? ま、貴方ってどうせ里から出られないんだから、いいわよね?」


 あ。


 これは聞いちゃいけない系の何かだ。


「ま、待っ――」


「エルフの里にはね、それを可能にする『巫女』っていう役割があるのよ。エルフの歴史にも数人しか現れない希少な役割でー……って、どうしたの?」


「おおおおおお前……」


 ……それやん、どう考えても…………それですやろ……エルフの秘密ってやつぅ。


 相変わらずの無表情を指差して震える。


 エルフってのはこんなのばっかりか?! ああ?! まだ理解力のあるジト目の方が良かったよ?! おん?!


 手で顔を押さえて空を仰ぐ。


 何してんのって? 涙が落ちないようにだよ。


「ちょっと、なんなのよ? ハッキリ言わなきなゃ分かんないわよ」


「いや……ちょっと待ってね? 俺もあれだ? 色々と飲み込めなくて、だね……」


 え? は? でも……じゃ、テトラは?


「……その、精霊と意思の疎通が出来る奴が希少っていうのは分かった。でも……ほら? ……そう! 他種族! 他の種族にもそういうこと出来る奴はいるんじゃ……」


「ちゃんと話聞いてた? 元々『精霊術』に関する話だったじゃない。精霊に対する共感性が有るエルフだから使えるって言ったでしょ? 他の種族じゃ無理よ」


 …………いや……。


 繋がり掛けている何かを探るべく黙っていたら、エフィルディスが続ける。


「そもそも精霊からして『生物』っていう範疇から外れるのよね。だから完璧な意思の伝達をしたと思っていても、取り違えられたり曲解されたり、本当に難しいのよ。セフシリアを見てたら分かるんじゃない? 気まぐれなのよね、精霊彼らは。共感性が有るエルフでもそうなんだから、他の種族なんて理解出来ないんじゃないかしら? これはもう絶対にエルフ特有のものだと思うの」


 絶対じゃない。


 これは…………!


「それは歴史も証明してくれてるわ。人間が使う魔法とエルフが使う精霊術なんだけど、そこには絶対的な上下関係が存在しているの。勿論、精霊術の方が上なのね? 何故かは分からないんだけど。でも幾度となく人間が狙うエルフの里が、今も昔も変わらずに在ることからして、精霊術の優位性はハッキリしてるでしょ?」


 そうだな……。


 例えば、その森というか里というか……とにかくエルフ社会を守っているのが精霊術だとして。


 エルフを狙う勢力に、その秘密だとか……あるいは精霊術を奪われたりしたら……。



 それは強制を嫌う種族をして守らなければならない鉄の『掟』と成り得るのではなかろうか?



 ……不可抗力、不可抗力だな、うん。


 俺は何も気付いてない、知らない、存じ上げません。


 精霊術を分析するにおいて、一番いいのは……たぶん『巫女』とやらに協力を仰ぐことなんだろうなぁ……いや知らんけど。


 とにかく『巫女』って奴には関わっちゃいけない……それがハッキリしただけでも収穫だと思おう。


「なーに? そんなに落ち込んで。大丈夫よ、あくまで種族としての強さって話だから。精霊術って言ってもある程度の条件がいるから、そこまで強力ってわけじゃないし。あ、それとも逃げる見込みが無くなったとか思ってる? でもそれは良かったじゃない、逃げる前に知れて。だって知らなかったら貴方も私も死んでたのよ?」


 何も知らない方が幸せでしたが?


「あ、着いたわ。ここよ、ここ。ここが私達の里の修練場なの」


「おっけ、もう喋らないで頂けますか?」


 お前が口に出す情報の殆どが不穏当なんですけどお?!


 森の切れ間に見えてきたのは、ちょっと広いぐらいの広場だった。


 里の中だと案内された街よりもエルフが多いと思うのは、密集率の違いによるものだろうか。


 遠間に粘土のような何かに矢を撃ち込んでいるエルフや、互いに打ち合って組み手をするエルフなんかが見える。


 なるほど、里守とやらが修練する場所なのだろう。


「……こういう場所に興味とか無いんだけど」


 里を案内するとしても、もっと特産とか観光名所的な所をお願いしたい。


 テッドが作った『剣術を鍛える場所』並みに興味が持てない。


「こっちよ、こっち。――ねえー! 人間連れて来たんだけどー!」


 こっちだと腕を引くエフィルディスが、あるエルフの一団に声を掛けた。


 ……いや、別に紹介とかしてくれなくてもいいんだけど……。


 尚も威勢よくエフィルディスが続ける。


「誰から戦うか決まったー?」


 マジふざけんな。


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