第216話


「エルフの寿命は大体三、四百年なんだけど、別に千年生きることも出来るわ。ただその前に『眠り』についてしまうってだけで。その辺が生物としての限界なのよね、たぶん。エルフは精霊に強い共感性を持ってるんだけど、どうもその辺りが『眠り』に対する衝動に繋がってるみたいなの。それに抗って五百年以上を生きるエルフを私達は『長老』って呼んで尊んでるわ……ただ生活のリズムがだいぶ違うのよねぇ。ま、別に死んでるわけじゃないから、訊かれたことには答えてくれるわよ。安心して」


「その前にどこに連れてかれるのか聞かせてくれる?」


 全然安心出来ないんだけど。


 また『里の中』というキツい言い訳で森に逆戻りである。


 どう見ても森だよ、どうなってんのエルフ?


 更に奥まった森の中へと連れて来られた。


 どういうわけか、子供のエルフも鈴なりに付いて来ているという……。


「……危なくないのか? いくら庭のような場所だからって……」


 確かに子供なのに森を歩き慣れている感じはあるけど。


「何が危険なのよ?」


「何って……そりゃあ、あれだよ。魔物とか……人間とか……」


 俺が言うのもどうかと思うけどね?


「魔物ぉ〜? なによ貴方、気付いてなかったの? ……人間って鈍いのねー。よく見てみなさいよ。貴方の家の周りも此処も、魔物なんていないから」


 この、人を食べちゃう幼児と襲い掛かってきた蛮族はカウントされませんか? そうですか。


 先導していたエフィルディスが何故魔物がいないのかを説明するために、隣りに並び付けながら指を立てて続けた。


「いい? ここはエルフの里なの。つまり『私達の森』なのよ。危険なんてあるわけないわ。――わかる?」


 急な領土主張されても……。


 表情に困惑を乗せる俺に、エフィルディスは少し悪戯っぽい笑みを浮かべて、立てていた指を振った。


「えい」


 その存外に可愛い声と指に合わせるように、


 前方にあった茂みが左右に割れ、蔓が引き、木の根すら地面に潜り――歩き易い道が出来てしまった。


「……なんじゃそりゃ、反則じゃねえか」


 まるで魔法のような光景だというのに……


 何をどうやればそんなことが出来るのか……。


 属性としては『木』と『土』だろうか? いや魔力を使っていないということは、魔法じゃない……のか?


 異様に綺麗だった整地された地面の謎が明らかに……!


 近年の道路事情に使いたい便利さである。


 スラッと伸びる、歩きやすくなってしまった山道に、子供達が興奮しながら駆け込んでいく。


「なー? やっぱり『里守』だよ! 俺、絶対に里守やるんだ!」


 まるで我が事のように得意満面なスーリが後ろに続く子供達に同意を促している。


「あたし、『ぬのぬい』〜」


「ぼく、『草狩』ー!」


 我も我もと手を上げて続く子供の姿は、いつかのテッド達の姿とダブった。


 将来の夢を語る子供達の姿……なのだが、口から出る職業(?)は全く馴染みが無いものだった。


 エフィルディスと目が合ったので、首を傾げて訊いてみた。


「里守?」


「里守」


 自分を指差して頷くエフィルディス。


 ……路面整理する人の別名とかだろうか? いやでもこいつ一人でオーガの群れに立ち向かうほどの蛮族だしなぁ……。


 戦闘職っぽくて困る。


 女性と子供は少し危ない役職に憧れてしまうものなのか?


 俺だったら嫌だけどなぁ……魔物と戦う役職なんて。


 在りし日のテッドやチャノスが思い浮かぶ。


 奴らもよくよく冒険者をいい方に捉えて語っていたものだ。


 ……やっぱり給料が魅力的とかなんだろうか? でもそれって危険手当て込みやで。


 どっかの三バカのようなことにならないといいんだけど……。


「私達は常に森と共にあるわ。それは森に生き、森に護られてるってことなのよ。人間は自分達の力になぞらえて精霊魔法って呼ぶみたいだけど、エルフの間では昔から『精霊術』って呼んでるわ」


 エルフの子供の将来を心配していると、エフィルディスが今の不思議現象の説明をしてくれた。


 精霊魔法に……精霊術、ね。



 ち、違いが分からん……!



 ヲタクかヲタクじゃないかで言えばヲタクだった前世なのだが……ぶっちゃけ細かいことは気にしない主義だったので。


 外側で楽しみたい勢だったんやでぇ……まさか実体験することになるとは……。


 しかし、さも物知りげに頷けたのは似たようなことが出来る年下の女の子を知っていたからか。


「話を聞くに精霊関係の力かな?」


「そ。全然魔法じゃないから、人間に理解は難しいかもね。う〜ん……そもそも精霊に対する共感性が備わってない人間には使えないものなんだけど……なんて言えばいいのかしらね?」


 ……………………。


「…………人間には使えない?」


「そうよ。と言っても、エルフだって十全じゃないのよね、実は。これを完全に使いこなすには、精霊との完璧な意思の疎通が必要なんだけど……わかるでしょ? そんなの絶対にありえないわ」


 人間には使えない……意思疎通が必要……ありえない……そ、そう……ソウデスネ……。


 チラリと脳裏を過ぎるのは無邪気で無垢な天使。


 大丈夫、天使だもん、人間如きと比べるに余りあるからあああああああ無理無理自分を誤魔化せないいいいい?!!


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