第215話
「どうだ! これが長老だ!」
「ふぁるかむなさまだよー!」
森色が濃い場所……とでも言えばいいのか。
ここが深い森の中央だと忘れそうになるぐらい綺麗に整地された地面に、巨大な大樹の周りを流れる水路が一度合流しているような噴水だった。
ちょっと重力を無視しているような動きをする水はともかく。
設置されたベンチは蔦で編まれた揺り篭式、本数を増した街路樹と、それでも差してくる陽の光が、神秘性を称える森の深奥のような雰囲気だ。
そのベンチを一つを指差す子供エルフ達。
近い近い……それ絶対怒られる距離やで。
指が長老だという人物の頬に当たりそうなほど近い。
だというのに長老の反応は無く。
「ファルカムナさま! 起きて! ニンゲンだ!」
「ふぁるかむなさまー、ごはんだよー?」
それは子供エルフも分かっているのか、突然として腕を握って揺さぶり始めた。
やめてやれ。
完全に孫に構われるお爺ちゃんなんだが? 寝てんのか?
それならばとベンチの前に回って顔を確認してみる。
……目ぇ開いてるやん、凄い度胸やな子供エルフ。
予想通りと言っていいのか、やはり長老と呼ばれる年齢なのに、そのエルフも若かった。
年齢は……人間にしたらやはりエフィルディスぐらいに見えるので、そこらで老化が止まるのだろうか?
着ている服の着色が無いので、もしかしたらそれが長老カラーなのかもしれない。
服も他と比べてゆったり気味だ。
しっかし……無表情だなぁ。
およそマネキンだと言われれば頷いてしまいそうになるぐらい表情が無く、また瞬きすらしない。
本当は置き物だと言われた方がまだ信じられる。
とはいえ、だ。
彼……いや彼女か? とにかくこの人が偉い人なのは間違いあるまい。
命を代償とする『掟』とやらの抜け道を、『知っているかもしれない』で上がる人物なのだから。
第一印象が大事。
踵を拳一個分空けて立つ、指先をズボンの縫い目(そんなもの無いけど)に合わせるイメージで真っ直ぐ、猫背にならないように顎を引き背筋は張って、しかし腰を基点に四十五度を意識して頭を下げる――
「――――お初にお目にかかります、ファルカムナさま。故あって名乗りを上げられぬご無礼をお許しください。私は他の森に居を構える人間です。今日はお訊ねしたいことがあって参りました。何卒お聞き届けくださいますようお願い申し上げます」
ポカンと口を開ける子供エルフを放って、長老とやらの反応を待つ。
ゆっくりとだが、その視線が俺の顔に向けられた。
沈黙は僅か。
緊張に汗が流れる様子を見せずに頭を下げ続けていたら、長老の口が開き――――
――――そうになった状態で止まった。
……………………うん?
「すげー! すげぇな、今の! なんかピンって感じだった! ピンって! もっかいやって! もっかい!」
「にんげんだー! にんげん! にんげん!」
ワラワラと纏わり付いてくる子供エルフをよそに、辛抱とばかりに長老の反応を待った。
しかしやっぱり固まってしまったかのように動かない。
……随分と中途半端な状態で。
それを見たスーリが説明してくれる。
「あー、長老って話長いんだよ。言ったろ? なんか考えてんのか忘れてんのか分からないんだけど、返事遅ぇの。ちゃんと喋れるんだぜ? ただ返ってくるまで長いから……」
「あたしねー、あさにおはよーって言ったら、よるにおはよーってかえってきた!」
おいボケてんじゃねえぞ異世界。
まともなエルフは子供だけか?
「あ、上に行くのはズルいだろ?!」
「あははは! まてまてー!」
セフシリアと追い掛けっこをする子供エルフを長老の隣りのベンチに座って眺める。
フヨフヨと空を泳ぎながら子供エルフを躱すセフシリアは、捕まりそうになると上空へと逃げていく。
最初は二人だった子供エルフが、いつの間にか五人程になった。
遊んでたら寄ってくるのが子供。
なんとなく懐かしさのようなものを感じながら、『どうすりゃいいんだ?』と投げ遣り気味です。
はぁ〜あ……。
「どうすりゃいいんだか……」
「また神々の甘い誘いに乗ってしまったか、渡りし者よ」
…………うん? なんかめっちゃ凛々しい女性の声が……?
置き物と化した長老から、女性の声が発されていた。
茫洋としていた瞳に光が宿り、射貫くように俺を見ている。
呆気にとられてポカンと固まる俺に、尚も長老――ファルカムナは続ける。
「強い決意を胸に『抗う』と言うのなら歓迎しよう。外は降りぬ神々の世界。見られ、聞かれ、探られよう。糸を切り己が意思で立つ者を、我々は讃える」
……は? ん? 待って?
「甘い誘いって――」
――なんだ?
「ちょっと人間!」
訊ねようとして掛けかられた声に言葉を飲み込んだ。
ビクリとしたのは声量からではなく、なんとなく聞かれてはマズい会話な気がして……。
フヨフヨと浮かぶセフシリアを連れて、エフィルディスが戻ってきた。
「あ、おう……俺のことか」
「他にいないでしょ? あ、長老見つけられたのね。どう? 聞きたいことは聞けた? っていうか話は出来た?」
「あ……ああ、えー……と」
再び長老へと視線を向けたのだが、その時には既に置き物のような状態に戻っていた。
「…………何も。……まだ何も聞けてない」
何故か分からないけれど、なんとなく話しちゃいけない気がして今の一幕に口を噤んだ。
「あー、やっぱりね。話はちゃんと聞こえてるらしいんだけど、返ってくるのが遅いから会話が長くなっちゃうのよ。ま、こうなると長いから、待つしかないわね。それよりちょっと用があるのよ。今からいい?」
溜め息を吐くエフィルディスを置いて長老を見つめ続けたが、まるで幻だったとばかりに動かない。
「――ねえ、聞いてる?」
「あ、ああ」
物理的に視線を引き剥がされて、美少女の顔がドアップ。
頬を細い指で挟まれ、強制的に青い瞳と目を合わさせられる。
「ちょっと来て欲しいんだけど! って言ったの! 聞こえたかしら?」
「……聞こえた聞こえた」
その上で答えよう。
「断る」
眉間に寄った僅かな皺もよく見えた。
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