第214話


 ……見知らぬ里に一人とか、素で困るんだけど。


 残念なことに財布もスマホも無いのだ。


「あなた、にんげん?」


 追い掛けていいものかどうか迷っていたら、グイグイとローブの裾を引っ張られた。


 視線を下に向けると、傍目には子供に見えるエルフがこっちを見上げていた。


 ……でもエルフだからなぁ……こう見えて「探していた長老です」とか戻ってきたエフィルディスに言われたら……俺の中の子供感が壊れてしまう。


 のじゃロリという分野は販促だと思うんだ。爆売れ。


 とりあえず屈み込んで視線を合わせると、気になっていることを訊いてみた。


「お嬢ちゃん、いくつ?」


 あ、これアウトや。


 子供エルフは満面の笑みを浮かべて指を二本ずつ突き上げてきた。


「よっつだよ!」


 アカン、言い訳出来ない年齢や。


 ここで「四百過ぎてから数えとらん」とか言われてたら色々と言い訳も効いたのに! 衛兵さん来ちゃう? 来ちゃうの?!


「にんげんは、いくつ?」


「四十過ぎてから数えてないなぁ」


 書類上ではそろそろ十二歳になります。


「それは、せーれー?」


 子供エルフの視線が、俺の頭の上に顎を……というか体を乗っけているセフシリアに向いた。


 子供の話題があちこちに飛ぶのは、どの種族も同じらしい。


「うーうん、よーかーい」


「――」


 批判を込めてペチペチと手を叩きつけてくるセフシリア。


 何を言ってるのかは分かるらしい……それはズルいだろ。


「よーかいかぁー。…………よーかー、ってなーにー?」


「怖い精霊みたいなもんだな」


「せーれーかぁー。……せーれーだよ?」


「せーれーだねー」


「あははは!」


 何がおかしいのか分からんけど、とりあえず合わせて笑っておいた。


 頭上のセフシリアもニコニコしていることだろう。


「ミナリス! あぶないぞ! そいつニンゲンだぞ!」


「あ、すーり。そうだよ、にんげんだって。でもせーれーがついてるの」


「おかしいねー?」


「ミナリスに話し掛けるなよニンゲン! どうせまたエルフを攫うつもりなんだろう! そうはさせないからな!」


 おやぁ?


 自分の背にミナリスという子供エルフを庇うように隠すスーリとやら。


 これはどう見てもあれです、チャノス症候群です、ありがとうございます。


 しかし必死になっているのはスーリという子供だけなのか、他のエルフは俺のことを警戒していないように見える。


 物珍しげではあるが、危険だと思ってはいないような……?


「いや、君の反応は正しいと思うよ、スーリくん。どう見ても不審人物だしね、俺」


 近所を徘徊しているだけで通報されちゃうレベルだ。


 ……でもってミナリスちゃん、スーリくん、っで合ってる? エルフって顔立ちが整い過ぎてて性別が分かりにくい。


 着ている服装で大方は分かるんだけど、エフィルディスも昨日はズボンだったし。


 これに判別を着けていた魔女とやらは筋金入りだと思う。


「やっぱり! また攫いに来たんだな! そうはさせないって言ってるだろ?! 帰れよ!」


 いや俺も帰りたいよ。


「帰る帰る、帰りたいよ。でもその方法が分かんなくってねぇ」


 うんうんと頷く俺に、スーリが訝しげな表情を浮かべる。


「……なんだお前、迷ったのか?」


「まいごなの?」


 人生のね。


 ……なんでこうなっちゃったんだろうねえ? ほんと……。


 しんみりとしたせいなのか、それともこの子達が純粋なせいなのか、途端に『可哀想』といった表情を浮かべる子供エルフ。


 うわ、これは攫われますわ……なんちゅうチョロさや。


 うちの村やったら自分の欲望全開で放っておいて遊びに行くまであるのに。


「それで帰り方を知ってるかもしれないっていう長老? に用があるんだけど……君ら知らない?」


「え。……長老と話すのか? 話長いぞ?」


「ながいよー?」


 おお、エフィルディスと似たような反応だ。


 そんなに話長いの? エルフにして『長い』と言わせる長老って……。


「もしくは里長、いやそれなら里長の方がいいかな? やっぱり里長一択で。里長」


「里長は……ちょっと怖いけど、いいのか?」


「うん、こわいよねー?」


 何なんだよお、エフィルディスの提示した選択肢はよお?!


 絶望か死亡かみたいな選択肢しかないじゃん! どうなってんだよエルフの里はよおおお?!


 不安そう、というか『可哀想……』と子供エルフに見守られる中、眉間に指を当てながら黙考すること五分。


 セフシリアが暇潰しにフードを引っ張り始めたところで顔を上げた。


「…………ちょ、長老で!」


「長老かー」


「かー」


 いや怖いよりいいと思うんだよね? 怖いより。


 判断が正しかったのかどうかに懊悩する俺を放っておいて、顔を見合わせる子供エルフの二人。


「長老、今日はどこだっけ?」


「たぶん、ふんすいだよ。よっかまえに、いたから」


「じゃあまだ居るな。よし、ニンゲン。案内してやるよ、こっちだ」


 よーし、ちょっと待て。


 色々不安になるようなこと言ってたな? なんだ、四日前っていうのは?


 それはエルフ独自の感覚なのか、それとも長老とやらの特性なのか……。


 それもう死んでるんじゃね?


 先導して歩く子供エルフが、チラチラとこちらを振り返ってくる。


 他に方法もないので、不安を抑え込み渋々と腰を持ち上げた。


 やはり警戒はしているのか一定の距離を空けて前を行く子供エルフを追い掛けながら――――今の会話に感じた引っ掛かりに首を傾げていた。


 えーと、なんだっけ? なんか変なこと……いや変なことだらけだったけど。


 なんか……なんか忘れているような?


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