第212話


 まだ何か謎がありそうな地下の空間だったが、もう色々と無理なので戻って不貞寝した。


 ベッドの素材がとても良く、リーゼンロッテが奢ってくれた宿並みにフカフカだったので寝過ごすことになった。


 朝日なんてとっくに昇っているであろう時間に、野菜を積んだ籠を持ってエフィルディスがやって来てくれたので、昼夜逆転することはなかったけど……。


「もう少し寝てたかった……」


 現実を受け止めきれなくて。


「怠惰ねー。人間ってそういうもの?」


 これが怠惰なら受け止めよう。


 でも個人的な色欲って無理やわ、そりゃ大罪の一つに数えられちゃうわ。


 のそのそと起き出すと、いつの間にか布団に潜り込んでいたセフシリアが眠そうな目でフワフワと浮かび上がり頭に引っ付いた。


 ……まあ重たくないからいいけどさ。


「……不思議だわー。共感性を持たない人間に精霊が懐くなんて。やっぱりセフシリアを植えたのが人間だからかしら? でも精霊の性質ってそうじゃないのよねー。不思議だわー」


「そんなこと言われてもなぁ……」


 引っ付いて動かなくなったセフシリアを見つめるエフィルディスを見つめる。


 エルフ……耽美……男同、うっ、頭が痛い!


 ここは古民家、地下なんて無かった。


 ……それでいいじゃないか。


「なんか随分疲れてるわね? やっぱりまだセフシリアの治療を受けてた方がいいんじゃない? まあ、貴方がいいならいいんだけど。さ、外で食べましょ。ここ埃っぽいもの」


「そうだね。ここ腐ってるもの。外に行こう」


「あ、やっぱり腐ってたんだ? 木造だものね。外からでは分からなかったわ。ここって想像以上に丈夫だったから」


 魔女の日記に書いてあった『保存』ってやつなのだろう。


 恐らくは凄い技術なんだろうけど、なんでかな? 全く褒める気がしないのは……。


 燦々と照らす日光の下、ピクニックよろしく外での食事になった。


 野菜……というか果物? 的な梨や林檎の見た目をした何かを齧りながらエフィルディスが話し掛けてくる。


「今日は、というか今日から、貴方に里の掟とエルフの生活を学んで貰おうと思ってるわ。って言っても別に里に組み込まれるわけじゃないんだけど。基本はお互い不干渉……なのよね? たぶん」


「それを俺に言われても知らんよ」


 シャクシャク、パクパク。


「まあ里には、前に居た人間と交流があった人もいるから……」


「いや不干渉でいいと思う。不干渉がいい。エルフと人間なんだ、ちゃんとした線引きは必要だろう、うん。絶対」


「そう? まあ、そこは流れで。なんとかなるでしょ。とりあえず三十年ぐらい様子を見て、それから考えましょう」


 エルフの時間感覚よ。


「それなんだけど……ぶっちゃけて言うけど、俺は里を出て行きたいと思ってる。ていうか帰るよ、絶対。最低でも夏までには」


「……驚いたわね。そんなに堂々と逃げる宣言するなんて。人間は愚かだって聞いてたけれど、どっちかというと……おバカ? って感じ」


「紳士的だと言ってくれ」


 驚いたと言ってる割には表情を変えず、野菜を頬張るエフィルディス。


「ふーん、まあいいけど。その時は私から相手することになるわ。たぶん。私『里守』だし。貴方の生死はともかく、その後は長老会の判決を待つ感じになるかな?」


 自分のことだというのに達観したような雰囲気で話すエルフの少女。


 こちらは決意表明だけでドキドキしていたというのに……。


 葉野菜を一枚捲り取りながら、何か穏便な方法がないものかと考える。


 いや思いつくかい。


 そもそもエルフの掟とやらもよく分からんのに。


「それなんだけど。なんかさぁ……ないのかな? その……例外的な方法っていうか……裏ワザ的なものは」


 正直嫌過ぎるだろ、俺が逃げるから誰某が死ぬとかさぁ。


 お互いにシャクシャクと野菜を食べながら首を傾げる。


「あるのかしら? 考えたこともないわよ。……う〜ん? 里長か長老会なら知ってる気もするけど……。訊いてみたらいいじゃない、紹介するから」


 あからさまに偉そうなのきた。


「いや、そこはエフィルディスから伝えてくれる感じでいいんだけど」


「嫌よ、お説教されるかもしれないじゃない。あの年代って話長いし」


 エルフにもジェネレーションギャップが存在するのかよ……それもう世紀飛び越してない?


「じゃあ、まあ……仕方ない。面会の予約を入れて貰える? あと作法とか知らないんだけど……」


「なにそれ? そんなのいらないわよ。たぶん里の中を彷徨いてるから、捕まえて訊いてみましょうよ。そんな方法があるんなら私もその方がいいもの。せっかく助けたんだし。それにしても人間って面倒ねー、話を聞くだけにそんな手間を掛けなきゃいけないの?」


「いや偉いんちゃうんかい」


 近所の爺ちゃん捕まえるノリやないかい。


 言っとくけど、うちの近所の爺ちゃんドゥブルさんは村有数の発言者やぞ? 『話長いわー』なんて言う奴もおらんぞ?


 どうなってんだよエルフ。


 長老会なんて仰々しい呼び方だったから、なんとなく国会で言い合う政治家のようなイメージがあったんだが……。


 むしろ会いたく無くなってきたよ、長老会もしくは里長。


「じゃ、早速行きましょうか? お腹も膨れたし」


「あ、はい」


 しかしこちらの心情など知ったことかと、エルフの少女が立ち上がった。


 頼んだ手前、断るわけにもいかず……。


 エルフの少女が先導する形で、里の中とやらに案内されることになった。


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