第211話


 見ない振りもできた。


 というか得意分野である。


 しかし好奇心には勝てず……なんなら郷愁の念と言い換えてもいいかもしれない。


 俺以外に居た、こちらの世界への渡航者――


 気にならないと言えば嘘になる。


 趣味全開の日記を読み漁ったことからも明らかだが……どうやら俺は知りたいらしい。


 先輩とも言える魔女のことを。


 ……決して戦犯と言える腐女じゃなくね? こいつのせいでエルフの人間に対するイメージが固まってたら言えるんだけど。


 埃を掃いて、ベッドを動かした。


 身体強化や肉体強化の魔法を使わずとも、割と問題なくベッドを動かせたのはキャスターが付いていたからだ。


 ……これだって前の世界の人間には一目で分かる造りになっている。


 知らなければ分からないんだろうけど。


 取っ手を引いて、地下への入口を開けた。


 金属製の梯子が下へと続いている。


 縄梯子じゃないところに村との差を感じる。


 ……こいつ色々と頑張ってんなぁ……まさしく異世界転生してる人って感じだわぁ。


 どっかのポンコツと違って。


 ……………………。


「――?」


「行かないのかって? いや、暗いじゃん? 想像以上に。なんなら昼まで待つのも……あ、引っ張らないで、落ちるから。降りる、降りるから」


 安全第一、安全第一でしょ?!


 別に赤児が何を言っているのかは分からなかったが、雰囲気で何を伝えたいのかは分かった。


 グイグイとローブを引っ張って穴に落とそうとすれば嫌でも分かるわ。


 あとあれだ、この赤児、たぶん魔女とグルだろ? やたら薦めてくるもん、本棚とか階段とか。


 カツン、カツン、と音を響かせながら地下へと降りた。


 地下は――――


「うわ…………広っ。……でもあんまり秘密の地下っぽさはないなぁ」


 真っ暗で狭い空間を降り続けると、突然明るくなった。


 どうやら自動で灯りが点く造りになっているらしい。


 上の家の二倍はあろうかという空間に、本棚と球形の水槽とテーブル……壁の一部から伸びている根っこがあった。


 根っこはもしかしするとセフシリアこいつのものかもしれない。


 そんなことより。


「すげっ……ミシンがある。ミシンだよな? マネキンに……そういえばスーツを自作って書いてあったわ」


 どこに仕舞っているのかと思えば、地下に放り込んでたのか。


 マネキンは……明らかにエルフを象ったものだな、耳が尖ってるし。


 ……どうやって体の数値を測ったのかとかは知らない方がいいんだろうなぁ。


 メジャー、ハサミ、型紙なんかが広いテーブルの上、ミシンと思える物の近くに置いてある。


 ミシンは驚いたことに足踏みじゃない。


 これは充分な産業革命に成り得るだろう。


「凄い奴だったんだな……魔女さん」


 少し寂しい気持ちになった。


 彼女は二百年前の人だと言う、もうとっくに亡くなっていることだろう。


 時代変遷を考えると近代……それも近しい年代の、もしくは若い感性の持ち主だ。


 どちらにしろ二百年前の日本人には思えない。


 つまりは……。


「こっちと向こうの時間の流れが違う……」


 ということになる。


 もっとハッキリした情報があれば、もしかしたら……。


 急かされるように、何か魔女の出自や前世の手掛かりがないかと部屋を見渡した。


 怪しいのは――球形の水槽だろう。


 もう一目瞭然に怪しい。


 エフィルディスが言っていたことが本当なら、ここは二百年近く放置されているのだから。


 何かを飼っていたにしろ、死骸は残る筈――しかし水槽には透き通った水しか入っていない。


 そもそも開ける場所がない。


 ガラスで作ったボールのような水槽だった。


 唯一水槽を主張しているのが、上部に残る空気故にだろう。


「あとは……嫌な予感しかしない本棚、か」


「――」


 何言ってるか分かんないけど――魔女の本棚は危険、ハッキリ分かんだね。


 既に経験しただろう?


 それでも『あれは? あれは?』と本棚を指差す赤児と『イヤイヤ』と首を振る俺とで意見が分かれてしまった。


 大方、魔女に『本棚を薦めろ』とでも躾けられていたんだろう。


 もう無理だよ? なんぼなんでも限界だよ? これ以上はキツさ通り越して啓いちゃうよ?


 魔女めっ! なんて物を残したんだ!


 それでも分かりやすく情報を得たいのなら腐海不快に沈むしかないのだ。


 …………魔女めっ?! なんて狡猾なんだ?!


 仕方なく『イヤイヤ』を『嫌々』に変えて本棚から一冊を抜き取った。


 上にあった本棚と比べて、地下の広い空間を活かした大きい本棚だ。



 ……しかし収まっていた本は、何故か…………なんだというのか、鳥肌が……止まらない?



 本能が『やめろ!』と叫んでいるのに……理性も『やめろ!』と叫んでいるのに……じゃあ止めるべきなんじゃね?


 しかし溢れてしまった水が元には戻らないように――――既に開かれたページを……俺は見るしかなくなっていた。


「ひいいいいいい?!!」


 あまりの悍ましさに本を取り落してしまった。


 魔女、これは魔女! ダメだ! これは許しちゃいけない! いや?! 来ないで?!!


 そこには魔女さんの趣味が全開を突破した何かがあった。


 絶望に床を叩く俺に、ヒラリヒラリとメモ用紙のような紙切れが降ってきた。


 そこには――――



『さあとくと拝むがいいよ! 我が魂の結晶を!! ど? ど? 凄いっしょ? よく描けてるでしょ! どちゃシコでしょ!! やっぱりラストん✕ラディタそが正義なんよ。あ、批判クレームは受け付けません。その時は戦争です。私としてはクール攻め強気攻めがデフォなんだけど後半は割とチャレンジしたと自負してます。最初の方の作品とか結構恥ずかしいんだけど……うむ! 同志のためなら一肌脱ごうじゃない! まあ脱がすってのが正解かな? でへへ。全然使くれていいよ! 私ねー、ツン攻めからデレ落ちとかも意外と好物だという発見があってねー――――』



 などと供述しており。


 ……いや無理だよ、もう立ち上がれないよ異世界。


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