第209話
「お邪魔しまー……す」
この家、ドアノブが付いてるよ……生意気な。
蔦が壁を侵食している掘っ立て小屋は、見た目よりしっかりした造りなのか、扉が軋んだり何かが壊れたりする気配は無かった。
ともすれば新築の家より頑丈そうなんだけど……。
もしかしたら手入れだけはエルフの方々がやってくれていたのかもしれない。
エルフがどういう考え方なのかサッパリなので判然としないが……。
しかしその可能性は扉の先の光景を見て、あっさりとひっくり返った。
分厚いと表現出来てしまう程に塵積もった埃が、かなりの年月、この建物が放置されていたことを物語っている。
「…………一瞬絨毯かと思ったよ」
「――」
いや俺には聞こえないからね? 指差されましても……。
入るのを拒む天然の結界を前に『……やっぱり木の根元で寝ようかな』と折れかけていた俺を、赤児がグイグイと引っ張って何かを訴え掛けるように指を差している。
シンプルな部屋だった。
キッチン兼用のワンルーム。
左手側がキッチン、真ん中にテーブル、右手側にベッド。
キッチンの向こうにある扉がトイレだろうか? 外観からしても、あまり奥行きは無さそうだ。
魔女の家……と言う割には、鍋釜なんぞありはしない。
テーブルに備え付けてある椅子も一つきりで……この人の生活が孤独だったことが窺えた。
唯一魔女っぽい……か、どうかは分からないけれど、娯楽と言えそうなのはベッドの足元に置かれた本棚ぐらいだろうか。
赤児が指差しているのは――右手側。
……ここで寝ろってことかな? もしかして俺が
「おおぉ……靴が埋もれる。新・感・覚……!」
雪だと思えば楽しくなるかって? 残念、社会に出てからの雪は疎ましさしかないから。
ザクッ、ザクッ、と足跡を残しながらベッドに近付く。
「……あれ?」
何故なのか、ベッドの上には埃が無かった。
いやそれどころじゃない……少なくとも二百年前の物にしては新しいというか……むしろベッドメイクされたばかりにすら見える。
不思議なのは本棚もだ。
こちらも埃を被らずに、その存在を主張している。
「あっれー……? 他は……」
大して広くもない部屋を見回してみる。
やはりここだけ埃を被っていないようで、キッチンとテーブルには埃が積もっていた。
キッチンの水場が、何気に手押しポンプ式なんだけど……ちょくちょく生活水準見せつけてくるやん、魔女さん。
自分で作ったのだろうか? 水脈から直に汲み上げているのなら便利だ……!
村に帰ったら提案してみようかなぁ……朝の水汲みが楽になるし。
「――」
物欲しげにキッチンの手押しポンプを睨み付けていたら、赤児がせっつくようにまたローブを引っ張った。
「おーけー、寝る寝る、寝ますって……なに? そんなに歯軋りとか寝言とかイビキとかうるさかった? 本人自覚無かったんだよ、許してや……」
振り返った俺に、赤児は『あそこあそこ』と指を差して訴える。
…………本棚、か?
どうも赤児が最初から指差していたのは本棚のようだ。
「まさか……寝る前に絵本読めとか言わないよな?」
どんだけ物語好きなんだよ、こっちの世界の子供は……。
ちょっと自分の幼少期を覚えてないので不確かなのだが、こんなに毎日絵本をせっつかれるものなのだろうか?
前世で親になったことがなかったので分からない。
問い掛けたところでニコニコと笑ったままの赤児。
「都合がいい時しか返事しないし……」
渋々と本棚の本を吟味する。
夜中に何度もせがまれたくないので、出来るならここで赤児の要求に応えておきたい。
別に怖いとかじゃないけどね? この子、なんかほんのちょっぴり光ってんねん……別に怖いとかじゃないけどね?
本は別に珍しいわけじゃない。
この世界の識字率や計算能力はそこそこだ。
うちにも本があったぐらいなので紙が貴重というわけでもない……ユノの勉強に使われていたので今更だが。
しかしこの本棚に収まっている本は……黒い装丁の、良く言えば『高そう』な感じの本だ。
保存状態が良さそうなのも、やはり高いからなんだろうか……。
「もしくは魔法か魔道具か。便利だよなぁ、魔法」
ボヤきながら適当に一冊を引き出した。
タイトルが無かったので、何がどんな本なのか分からなかったのだ。
ワクワクした表情……というか常に楽しそうな赤児が肩から乗り出してくる。
やはり読めということなのだろう。
仕方ないとページを開いた。
「えー、なになに……」
『 ◯月✕日 晴れ
アディクラストん✕ラディタそしか勝たん。熱意に負けて(勝って?)スーツを自作。着てくれと懇願するが負け。うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 何故だ神よ?! 私はただ! ラストんにラディタそのネクタイを引っ張って欲しいだけなのに!!! それしか望まないと言うのに?!! でも壁ドンはやってもらったから良。尊い。やはりエルフはいい。他種族カプも勿論いいが耽美系の私は勝ち組。無表情で感情の読めないクール男子がエス(表現するのに抵抗があります)とか最の高!! なんだよ殺す気かよ!! 狙ってるだろ! もっとやってくれよ! ふー! 今日も絶好調で血が足りなかったけど増血も余裕な私はまさに魔女。その名に相応しい――――』
俺は本を閉じた。
「こんなところにも根を生やしてやがる……!」
既に手遅れだ、焼き払おう。
……いやほんと、何が嫌って…………。
――――――――日本語で書かれてんだよ、この本さぁ…………。
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