第207話


 直観物理的な話し合いによる結果、再びの拘束を余儀なくされた。


 もうなんか、ここ心地いいから気にならなくなってきたわ……顔の腫れも引くし、体の痛みも安らぐし、冬の布団並みに気持ちいいし。


 ただ。


「エルフは蛮族。ハッキリ分かんだね……」


「貴方って学習能力ないのかしら?」


 結局最初の体勢から一歩も出ることなく空を眺めている。


 サワサワと梢を揺らす大樹を背に、木の根っこでグルグル巻きにされ、隣りには本を読みながら片手間返答するエルフの少女。


 唯一変化があるとすれば、俺の顔に出来た青タンと、木の根の上に座り込んで気分良さげに体を揺らす赤児ぐらいのものだろうか。


 歌でも歌っているようだ。


 音が皆無だけど。


 あとそこ俺のお腹の上なのね? 他の場所に……いや胸の上に移動しろって言ってるんじゃないんだよ、そもそも喋ってないのに伝わるなよ。


 ともあれ無害(?)な赤児は置いておこう。


 今の最優先事項は耳が特殊な野生動物だから。


 原始的な伝達方法で交わされた会話の内容を纏めたうえで、俺は口を開いた。


「つまり、俺はエルフの秘密を知ってしまったから生きて帰すわけにはいかず……ただし掟が『生きて帰すべからず』だから、逆説的に言えば帰さなきゃ生きていられるよ、ってわけか?」


 屁理屈かな? 小学生なの?


「そうね。ちゃんと前例があるから大丈夫よ? エルフは全然野蛮じゃないわ」


 どの口が言うの?


「いや……そもそも今起きたばっかだから、エルフの秘密とか知らないんだけど……」


 耳が尖ってて、いい右ストレート打つ、ぐらいなんですけど。


「それは私達にも分からないわ」


「ちょっと待って」


「だから里のエルフ的には『里に入られたら生きて帰さないようにする』って感じでやってるの」


 蛮族さん? 待ってって言ったじゃん。


「やってるってなんだよ、やってるって……」


 お前ら充分にヤラかしてるよ……。


 パタン、という本を閉じた音が響く。


 どうやら読みながらの会話が疎ましくなったようだ。


「仕方ないじゃない。里の掟って……それこそ気が遠くなるぐらい昔から伝わってるだけで、なんであるのかも知られてないんだもの」


「なんでそんな掟を守ってんだよ……」


「掟だからよ。いーい? エルフは元々『強制縛り』を良しとしないわ。そんなエルフが同族に対して『曲げず、侵さず』と決めた掟だからこそ、破っちゃいけないのよ。まあ、なんとなくだけど里に秘密があるっていうのは伝わってるのよねー。だから里に入った異種族は、殺すか二度と外界に出さないようにすれば『応』ってわけ。我慢しなさいな、どうせ高々五十年ぐらいでしょ? 貴方達の寿命って」


「はい残念。俺めっちゃ長生きする予定だから。あと百年は固いから。むしろ最高齢を更新するレベルで気合い入れてるから。若い頃からめっちゃ野菜食べてるから」


「五十も百も変わんないわよ」


 これだから長寿種族ってダメなんだよ! 内在的なニートかこいつらは?!


「…………それで? 俺にここに住めって?」


「そう」


 ここは、中心に闇緑樹が立っている森の空き地だ。


 上から見たら森にぽっかりと穴が空いているように見えるだろう。


 不自然な程に広いのは整地されたからなのか。


 手入れのされていない畑と、小っちゃな小屋も建っている。


 ……なんともまあ、至れり尽くせりなことで。


 ただし――


「なんか随分と古びてんだけど? これっていつの?」


 お世辞にも綺麗と言えない小屋だったりする。


「二百年前くらいかしら? 私も生まれる前だからハッキリしないんだけど、ここに前住んでたのも人間らしいわ」


「へー」


 興味無ぇわ。


「人間の間では『魔女』って呼ばれてたそうね」


「あ、引っ越しお願いします」


 もうなんかあるじゃん、絶対なんかあるじゃん、むしろ何も無い方が不自然じゃん。


 そう言われると、ボロボロの掘っ立て小屋が暗く澱んだ魔女の家にも見えるから不思議。


 苦虫を噛み潰したような表情で小屋を眺めていると、エルフの少女が首を傾げて訊いてくる。


「なんでよ? 人間の住んでたところの方がいいでしょ? 同じ種族なんだし」


「なんでだよ。むしろ人間同士だからダメだわ。めちゃくちゃ個人的なこと言わせて貰うけど、人間なんて千差万別でも足りないぐらいに枝分かれした性質持ってるから。種族特性として『個人主義』ってあってもおかしくないぐらいだから」


「…………嘘でしょ。騙されないわよ? そんな種族が成り立つわけないもの」


 ねー? 解明されない最大の謎だよねー?


「自分第一も居れば、他人第一も居るからじゃない? 差し引きゼロでやっていけるとか?」


「……枝落としは? しないの? 悪い部分を落とせばより良い方向に成長していくものだわ……種族として気付かないわけない筈よ」


 悪い部分が良い部分も落としちゃうんですよ、残念ながら。


 適当な世間話のような会話だったが、エルフの少女の食いつきは良かった。


 しばらく会話で時間を潰そうと思っていたから、俺にとっては好都合だった。


 焦ってはいない。


 ローブを着たまま、というのが俺に勝算を与えてくれている。


『着ている本人にしか脱げないローブ』


 なんともアホな効果で必要かどうかも分からなかったけど、こうなると中々活きてきやがる。


 精々が『強い風が吹いてもフードが脱げない』だとかバカな用法だと思って聞いていたが、身元を洗われないというのなら話が変わってくる。


 まあ吸われている魔力が無くなると効果も無くなるので、死んだら普通に脱がせるのだが。


 このエルフにゃ悪いが、いなくなったらサッサとここを出ようと思っている。


 幸いにしてローブを脱いだのなら見つかることもあるまい。


 悪いけど、そんな掟とか知ったこっちゃねぇんだわ。


 俺にとったら村に帰るのが最重要事項なんでね。


 大丈夫、エルフが野蛮だったなんて秘密は俺の心の中だけに仕舞っておくから。


 くっくっくっ、悪いね? 自己中で。だって人間なもんで。


 ――――そんな風に腹の底で逃げ出す算段を練っていたら、安堵の息を吐き出したエルフから爆弾発言が飛び出した。


「ま、住むことに対しては前向きなようで良かったわ。貴方が逃げ出した時は、私も死ぬことになるんだし――」


「ちょっとちゃんと話し合おうか、まだ間に合うよね?」


 それは、ちょっと色々……話が違うんでないかい……!

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