第206話


 しかし外してくれたのなら動けるのだから問題ない。


 これ幸いと立ち上がる。


 そこでようやく未だにローブを着てフードを被っていることに気付き――――目が回った。


「なんだこれ…………もしや……毒?」


「立ち眩みでしょ」


 意味深に呟いてみたのに、返ってきたツッコミは冷たかった。


 ちょっと世界が俺を中心に回ろうとしているので、止めるために地面に手を着く。


 鎮まれ、地の力……!


 片膝を着いての巡りを待つ俺を見下しながら、エルフの少女が言う。


「どう見ても貧血ね。セフシリアは優しいから、まだ体が治ってないって言いたかったのよ。それを本人が離してくれなんて言うから」


 だから私の言うことは聞かなかったとでも言いたいの?


「君、自分で頼めって言わなかったっけ?」


「忘れたわ」


「随分と都合のいい頭ですね? あー、そっかそっか。エルフだからね。しょうがないよね」


「む。その言い方は敵意があるわね。良くないと思うわ」


「直ぐ『人間だから』って言う人には言われたくねぇな……」


「むむむ」


 「むむむ」とか言っている割には眉が寄るようなこともなく……どちらかというと言葉で心情を表現している感じだ。


 表情が無いわけでもないから、そういう種族性なのか……もしくは本人の性格だろう。


「……それもそうね」


 あと素直。


「ちゃんと名乗り合うべきよね? じゃあ自己紹介。私の名前はエフィルディス。人間風に言うならエフィルディス・ハイネ……かしら?」


「名字もあるのか。エルフにも貴族とかいるの?」


「これは『ハイネの里のエフィルディス』って意味ね。貴族っていうのは、あれでしょ? 人間社会にある、よく分からない制度の纏め役的な立場でしょ?」


 ……それじゃ中間管理職みたいに聞こえるんだけど。


「一言で言うなら……偉い人、かな?」


「ふーん。長老会みたいなものかしら?」


「わからん」


 話しているうちにグラグラ感が無くなってきた。


 …………そろそろイケそうだぞ?


「それで? あなたの名前は?」


 目を瞑って平衡感覚を取り戻すように揺れに耐えていると、続きを話せとエルフの少女の声が落ちてきた。


「あー……名乗られてて何なんだけど、あんまり教えたくないんだわ。お互いにさ、見なかったことにしない?」


 ローブを着ているということは、姿を見られていないということだ。


 ……たぶん、おそらく。


 なら身バレもしていないということだから、ここで名前を告げるのは違うと思うんだ。


 世話になっておいてなんなのだが……このまま別れるのが最良な気もする。


 どうもエルフの社会と人間の社会には接点が無いみたいなので、俺を追い掛けてきたテウセルスだかデトライトだかは、ここで足跡を見失うだろう。


 もしなんらかの取り引きがあったとしても、姿を見られてないのなら売られても構わないと思うし。


 ……お礼が出来ないのが心残りといえば心残りなのだが、それは余裕がある人の発言だ。


 貧乏人はこう。


 貸しといてください。


「見なかったこと? よく分からないわ。名前も言えないの? ……変なの」


「人間だからね」


「でも名前ぐらいないと、今後の生活で不便じゃない? 『人間』って呼ばれるわよ? 嫌なんでしょ? 『人間』って呼ばれるの」


「いや嫌ってことはないだろ? エルフが人間のことを総称してそう呼んでるってだけで……別に俺の固有名詞ってわけじゃないし。それに不便って言われても……」


「不便じゃない? これから何回も会うことになるんだし」


「何回も……会う、かなぁ? ここめちゃくちゃ遠いし。なんなら今後会うこともないような気が……」


「何言ってるのよ? じゃあどうやって生きていくつもりなの? 掟だってあるのに」


 ……なんか話が噛み合ってなくない?


 そう思ったのはお互い様なのか、顔を上げたらお互いに首を捻ることになった。


「あ」


 先に何かに気付いたのはエルフの少女。


 納得したと言わんばかりに手を打って話し始める。


「言うの忘れてたんだけど、エルフの里には幾つかの掟があるのよ。その一つに『エルフの秘に近付きし異種族、生きて帰すべからず』っていうのがあるの。傷の手当てをするために貴方を里に入れたから、今後はここで暮らしていく必要があるわ。もしどうしても嫌だって言うんなら、掟に従って死ぬしかないんだけどー。つまり生きてここで暮らすか、逃げて死ぬかなの。簡単でしょ? あ、大丈夫。これは掟を逆手に取ってるから、安全は保障されるわ。いい? 『生きて帰し』ちゃダメなのよ。つまり帰さないっていう掟の穴を突いた選択で――」


「よし待てバカ耳」


 収まってきた目眩が再発。


 でもきっと原因は違うと思う。


「な……なんだって?」


 難聴系主人公のような台詞を吐きつつ眉間を押さえた。


 きっと聞き違いだと信じて。


「バカ耳って酷い言い方だわ! 私達にとったら貴方達の耳の丸さの方が変だから!」


「それはきっと心の表れだね! 耳の先が尖ってるから考え方も尖っちゃうんじゃねえの?! なんだその掟! 全く身に覚えないのに逃げたら殺すってなんだよ?! どうなってんだよエルフぅ! 森の蛮族に異名変えした方がいいんじゃねえの?!」


「侮辱と取るわ! 命は要らないのね?」


「掛かってこいや! 逃げきっちゃるからな?!」


「最初から逃げる前提って何? 貴方それでも本当に男なの!」


「森に籠もってるから流行から取り残されんだよ! 今や男女平等の時代ですから! 男は料理が出来た方がモテますから!」


 売り言葉に買い言葉と言い合ってると、フヨフヨと浮かぶ赤児が楽しそうに両者の間をコロコロと横断していった。


 まるで『自分も交ぜて』と言わんばかりに。


 その無邪気さに毒気を抜かれ、僅かながらに沈黙が挟まる。


 先に切り出したのは大人だ。


「あー……悪い。その……どういう状況なのか、ちゃんと話してくれる?」


 口をヒクヒクさせながらも笑顔で謝罪を口にした。


 だというのに!


 先程までの無表情は何処へやら……。


 如何にも『不機嫌です』といった表情でそっぽを向くエルフの少女が、そこにはいた。


 …………これはキレていいよね?


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