第205話


 見た目は庇護欲全開赤ん坊の化け物が、俺のこと食べようとしてくるんですぅ。


 そんで、頭のおかしい美人エルフさんはそれを諦めろとか言うんですぅ。


「ハハハ、そんなバカな。大丈夫、悪い夢を見たってだけさ。目を瞑れば……ほら? 直ぐに朝が来て両親が俺をガッチリしてることだろう。それはそれで嫌だけど。ていうかそれが悪夢の原因だろうけど。ああ早く目覚めなきゃ。朝ご飯の支度してテッドの修行のお誘いにお断りを入れて獲物を狩りに行かなきゃまた今日もお肉が晩餐に上がらないことでターナーがネチネチネチネチねち」


「もう、しっかりしなさいよ。現実を受け止めなさい」


「誰のせいじゃああああああ!」


 お前……もっとさぁ……お前! もっとさあ! エルフらしさとは言わないけど! 優しさをくれよ?!


 助けたけどやっぱり植物に食べさせるって何? 異世界は俺に残酷さしか与えてくれないの?


「もう、人間って話を聞かないのね。ちゃんと聞きなさいよ。その子は、捕まえた獲物を途中で殺したりしないのよ。分かる?」


「獲物って言ってるやん」


 あと最後にはどうなるかの説明がまだだな?


 ツッコまれたエルフの少女は、真剣な表情で俺と見つめあい――スッと視線を逸らすことで話を結んだ。


「おいコラ」


「とにかく傷を治してくれるのよ。便利でしょ?」


「この植物が普段使いされてるのかどうかだけ教えてくれ」


「今日は良い恩寵に満ちてるわねー。森が喜んでるわ」


「なにその『今日は良い天気』みたいな誤魔化し方は? 下手か。ないんだな? 普段はこれで怪我を治すようなことはないんだな?」


「あ、春の風だわ」


「誰かああああ?! 誰かいませんかああああ?! 助けて! 頭のおかしい耳長に殺されそうなんです! 助けてー! 誰か助けてー!」


「ここエルフの里だからエルフしか来ないけど?」


「やあ、耳がチャーミングなお嬢さん。その尖り方が素敵だね? だから本の角を頬に押し付けるのはやめないか?」


「頭のおかしい耳長? それって誰のこと?」


 おいやめろ! 頬が潰れちまうよ! っていうかこれじゃ返事出来ないだろ?! 返事しないことによって圧力が増すなんてそれなんてデススパイラル負の螺旋


「謝った! もう充分謝ったじゃん?!」


「一言も謝罪してないわよ。人間ってみんなこうなのかしら?」


「ごーめーんーなーさーいー!」


「うん、いいわ」


 いいんかい。


 割と素直に本をどけてくれるエルフの少女。


 ――――しかし木の根が解けることはなく。


「いや待って。ほんとにこれ外してくれない? ちょっとだけだから。何もしないから」


「……何故かしら? 酷い悪意に満ちてるわ。人間だからなの?」


 ある意味そうだね。


 ……どうしよう? これじゃ埒が明かないぞ。


 魔力を一気に練り上げて、吸い取られるより早く魔法を起動させればイケそうな気はするが……。


 傷を治してくれたのはこいつだと言うし、なんか無理やり根っこを引き抜いて脱出ってのもなぁ……それはそれで恩義にもとる。


 しかし色々と情勢が気になるところなのだ。


 割とハッキリ思い出してきたんだけど、チャノスの安否やその後の動向なんかが懸念事項だろうか。


 …………あと角材さんの制裁が俺にまで伸びてこないかが心配。


 あれから何日経って、戦争はどうなって、テッド達は何処に居るんだろう――ああ、いかん! なんか心配になってきたぞ?!


 あいつらちゃんと村に帰ってんのかな? ターニャと合流出来たのかな? 路銀とか持ち合わせは? 道とか分かる?


 ――――チャノスのような怪我を、してないだろうか?


「――――悪いんだけど、本当に頼む。これ外してくれ……ください。お願いします。あと、怪我を治してくれてありがとうございました、助かりました」


 真剣な気持ちで真摯に対応してみた。


 簀巻きのように寝転されているので格好はつかないけど。


 こっちの気持ちを汲み取ってくれたのか、エルフの少女の表情も真剣なものになる。


「……そうね。それはお互い様なんだけどね。意識もハッキリしてるみたいだし、私も貴方に救われたから、もう一回お礼を言っておくわ。――ありがと」


 ペコリと頭を下げたエルフの少女。


 ……お互い様? ちょっと何言ってるか分かんないけど、なんか良い感じの雰囲気なので黙っておく。


 和やかな雰囲気に手応えを感じる……! 取れる、この契約!


 緩やかな空気の中で本題を切り出した。


「じゃあ、この根っこを外して……」


「それは無理」


「なんでや?」


 俺の中に眠る西の血が疼いちゃっただろ? 右手の封印も外しちゃうぞ?


 驚きを視線に込めて見つめていると、特に気にならないとばかりに無表情な美少女が首を振った。


「セフシリアが嫌だって言うんなら無理なのよ。そんなに外したいんなら、自分で頼んでみたら?」


「いやいや……え? いやいや。その赤ん坊ってそっち側じゃん。俺の言うこと聞くわけないじゃん。なんというマッチポンプ。アウェーレフェリー。恥はないの?」


「マッ……? それ、ちゃんとした言葉なの? どういう意味? ほんと、人間って不思議な生き物ね」


 お前らの長寿さに比べたら不思議でもなんでもないじゃろがい!


 この世界のエルフが長寿か知らんけど。


「ああ、はいはい。赤児や赤児や赤児さーん、ちょっと木の根を外しちゃくれませんかねー、ってか」


「――」


「あのね? 貴方それで頼んでる……」


 ヤケクソ気味に赤児に向けて頼んでみたところ、予想通りにエルフの少女に窘められて――



 ――予想に反して、赤児は頷いた。



「「……」」


 スルスルと解けていく木の根が気まずい。


 …………嫌われてるんじゃね? 森の民さん……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る