第204話


「あれ?」


「あれておい」


 どうやら読書をしていたらしく、本の縁を口に当てて首を傾げるエルフの少女。


 見つめられる赤児は手足をバタバタと大興奮だ。


 僅かな隙にも魔力を練り上げようと頑張っているのだが……全然ダメで、ガッツリ抜けていく。


 というか吸われている。


 どうもこの木の根が悪いらしく、体から出る魔力を水のように吸い上げているのが分かった。


 そして残念なことに……魔力が吸われるのと、この赤児の喜ぶ様が、連動しているように俺には見えていて……。


 暫くの沈黙を経て、エルフの少女が口を開く。


「ごめんね、諦めて?」


「諦められるかあ?!」


 全然申し訳なく無さそうに謝るエルフの少女に食って掛かった。


 大体何を諦めろって言ってんの? もしかして命ですか? 『はい、そうですね』と諦める奴がいると思ってんのか?


 そんなの一握りの選ばれたオタクぐらいなもんだぞ?!


 こちとらトラックにハネられて神様の前で目覚めたあとでもゴネにゴネて『あ、もうこいつめんどくさいから他の奴探そ』って思われるぐらいにはネゴる心意気なんだから!


 目を剥く俺に対して、さっぱりとした表情でエルフの少女が続ける。


「そんなこと言われてもねー……セフシリアが嫌だって言うんだもの。仕方ないじゃない」


「子供が嫌だ嫌だとゴネたからなんだって言うんだ。欲しい物を欲しがるままに与え続けることが必ずしもプラスとは限らないだろ? 手に入らないと学ぶこともまた教育なんだ」


「へー、人間はそういう考え方するのねー。でも森の民エルフはそうじゃないのよねー。光と水を充分に与えてあげることが、森を大きくすることに繋がるって考えてるの。だから出来るだけ樹の声には耳を傾けるべきじゃないかしら?」


「俺の声には耳を傾けないのに?」


「傾けてるじゃない。人間って不思議なこと訊くのねー?」


「じゃあ助けて」


「助けてあげたわよ。だから生きてるのよ?」


「そうだった?! ありがとうございます」


「そうね、お礼を言うのは大事だわ」


 ニコニコと、無表情だった美貌が華やかさに包まれる。


 エルフも笑顔、赤児も笑顔、俺も笑顔。


 みんなハッピー。


「ってなるかあ! じゃあ離してよ?! なんかこいつ俺の魔力吸ってんだけどお?! 大喜びなんですけどおおおおお?!」


「ああ、食事中だったのね。どうりで」


 うんうんと頷くエルフの少女。


 どうやらこれが『ダメだこいつ……早くなんとかしないと』という事態だと気付く俺。


 助かったと思ったら食べられている最中だったなんて……悪夢にも程があるでしょ?! 返せ! 俺の知らない天井!


 …………いや、うん? 今なんて言った?


「食われてんの? 俺、これ食われてんの?」


 え? エルフってそっち系? 人間なんて犬に食わせてしまえな異世界なの?


 俺の不安な表情をようやく酌み取ってくれたのか、エルフの少女がパタパタと手を振る。


「食べられてるって、肉体じゃないわよ? 貴方も今言ってたとおり、魔力を吸ってるのよ。闇緑樹は闇と魔力で育つから」


 あ、あん……? なんて?


あんりょくじゅ。……人里にはあまりないのかしら? う〜ん、説明が面倒なんだけど? 今度でいい?」


「あ、わかった。お前ちょっとおかしいな?」


 今だよ今! 今食べられてる最中でしょうが?! 子供が! 今! 食べてるでしょうがあああああ!!


「人間にとったらそうかもね。でも面倒なのよ。だって……植物の成り立ちから説明しなきゃいけないじゃない? 人間だし」


「そこはいい! すっ飛ばしていい! 知ってる知ってる、知ってるよ?! 植物が呼吸してることも、根っこが栄養と水を吸い上げてんのも、なんなら光でご飯作り上げてんのも知ってるよ?! 問題はこいつ! こいつなの! こいつなんなの?!」


 お前なんなの?!


「……わあ。人間も色々と知ってるのね。『光精製』の仕組みも知ってるなんて。ちょっと意外」


 ……『光合成』じゃないのは合成って知らないからか、異世界の植物の成り立ちが違うのか。


 まあ、それはともかくとして。


「早く! なに? 俺死ぬの? 殺されちゃうの? 干涸らびちゃうの?!」


「人間ってばせっかちなのねー。まあ、説明が楽になったから教えてあげるけど。闇緑樹は普通の樹木と違って、魔力と闇から栄養を作るのよ」


 ……それはまた随分と植物から外れてる気がするなぁ。


 あと情報増えてねーからな。


「なんか特殊な魔物だったりしない?」


 俺の指摘にエルフの少女の眉尻が持ち上がる。


「闇緑樹が魔物なわけないでしょ? 本樹を前にして失礼ね。いーい? よっぽど特殊な状況でもない限り、何もないところで魔力なんて得られないわ。それは分かるわよね? 人間でも」


 まあね? 魔法を使った後に残る痕跡も、時間と共に消えるぐらいだし……。


 たぶん魔力って空気中にずっと留まれないんだろうなぁ、とは思っている。


「だから闇と魔力で育つこの子が、生き物に根を伸ばす能力を獲得しているのは、当然の摂理だわ。全然魔物なんかじゃないわよ。むしろ逆よね」


「逆?」


「そう、逆。闇緑樹は生き物から出来るだけ長く魔力を吸うために、捕まえた獲物の傷を治し、栄養を与え、なるべく生き永らえさせようとするの。魔物は他の生命に対して攻撃的でしょ? 人間みたいに。だからこの子は違うわよ。むしろ感謝して然るべき存在ね。貴方の傷を治してくれたのは、そこにいるセフシリアなんだから」


 あ、色々と分かったぞ。


 似たような話を何処かで聞いたことあるし。


 意識が戻った筈なのに、過去最低レベルで魔力が回復していなかった理由も含めて。


 つまりあれだ。


「……やっべー……これやっべー……」


 未だにピンチだ。


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