第199話 *第三者視点


 エフィルディスは森の民エルフだ。


 ハイネの里にあるディルシクルセイスの樹に根付いている。


 生を受けてからまだ百数余年程度の若輩者だが、弓の才能は里一と認められるぐらいに腕が確かだった。


 エルフは成人を百と定めている。


 エフィルディスは百を越えてから、その弓の才能を買われ『里守』の役割が与えられた。


 彼女はこれを喜んだ。


 エルフの社会形態はやや特殊である。


 森の恵みを糧とし、日の光を浴びて、夜の闇に抱かれ、いつかは還る――


 このエルフにとっての基本的な理念は、教育による獲得ではなく本能に根差したものを言葉にしただけである。


 森と共に生き、森に死ぬことが、エルフの死生観として常にあった。


 そんなエルフでも生きる者としての営みは行われる。


 食事や睡眠――――外敵から防衛。


 エルフは里単位で生活の基盤を築いている。


 そのため個人単位での財産を持たず、仕事に報酬を要求しない。


 両親や子供という関係は存在するが、基本的に『里の子』『里の物』『里の力』という捉え方をする。


 そんなエルフが構築した社会は『必要なものを必要なだけ割り振って生活の場を回す』というものになった。


 食事には『獲物を捕らえる役割』『森の糧を得る役割』『料理をする役割』、といった具合に、それぞれがそれぞれの役割を全うして生活している。


 役割は『食事』『裁縫』『建築』などと分かれているが、エフィルディスが与えられた役割は『外敵から里を自衛する』というものだった。


 里において一番危険な役割である。


 というのも、いつの時代であろうとエルフには常に外敵と呼べる存在がいたからだ。


 彼らは己を『人間』と呼んだ。


 エルフは人間に比べると長い寿命を持ち、また人間にすると成人の辺りで老化が止まる。


 長く生きたい、若さを保ちたい、などと強く願う人間にとっては、エルフが生命体としての完成形に見えただろう。


 そのため常に狙われる立場になったエルフが人間と共存できるわけもなく、また極端な思考の違いから文化的な溝すら形成されていった。


 必然、対立する機会は多くなる。


 しかしエルフにとっての人間に対する基本的な対応は『関わらない』である。


 エルフからすると人間は弱く……また百と経たずに死ぬ、哀れな生き物でもあった。


 中には賢き知性を持つ者や、エルフをして強敵と言わざるをえない者もいた。


 だが、どんな人間も『直ぐに』死ぬのだ。


 エルフは長い歴史の中で、人間からは距離を取るのがいいと学んでいた。


 元々、人間は森での暮らし方が分かっていないため、それは然程苦労することなく行えた。


 問題は、それでもエルフに手を伸ばす人間の強欲さだろう。


 エルフは獲物を取る『狩人』ではなく、里を守るための『戦士』という役割を作った。


 それが『里守』である。


 『里守』の仕事は、外敵……つまり人間からの自衛と、エルフが拐かされた時の奪還にある。


 エルフは人間と違って外壁を持たない。


 それは『人が寄り集まって《国》となる』人間と、『森にあるに根付き《里》とする』エルフとの違いだろう。


 『樹』に根付く限り、エルフにとって森は脅威ではなかった。


 故に外壁という文化がない。


 強いて言うなら、エルフは森そのものがそれだと思っている。


 エルフにとって自分達が住む森は自分達の領域で、その中にあるのなら人間であろうと魔物であろうと相手になりはしなかった。


 成人を終えたエルフ達はそれをよく知っていた。


 だからというわけではないが、人間に拐かされるのは専ら子供のエルフが多かった。


 未だ新鮮に見える森で、好奇心が強いため、を出てしまうことが多いためだった。


 こればかりは子供の無邪気さ故の出来事で、対応は常に後手へと回った。


 しかし森と共に在るエルフに「森を歩くな」と言っても仕方ないことを、大人のエルフは分かっていた。


 彼らにとっても、それは本能と言えたから。


 役割を貰う前子供のエルフには、どうしても時間が出来てしまい、また未熟故に自制も利かないため、知らず知らずのうちに外に出て――――帰って来なくなる時があったのだ。


 そのため『里守』の仕事にはエルフの奪還がある。


 しかしそれはあくまで緊急時の仕事で、平時なら森の見回りと踏み入ってきた人間の撃退が主な仕事であった。


 エルフの奪還は通常の仕事の億に一つ、あるかないかという頻度……。


 の、筈だった。


 しかしエフィルディスの最初の仕事はこれになった。


 他里ならともかく、この里にとっては百年ぶりの拐かしになる。


 エルフにとっても久しぶりだと思える時間で、同時に人間ならば仕方ないとも思える時間でもあった。


 人間はエルフより遥かに弱い。


 確かな事実として幾度となく手痛い教訓を与えてやったというのに、人間は『直ぐに』忘れてしまうのだ。


 大方、森から引っ張り出せばいいとでも思っているのだろう。


 確かに『自分達の森』でないのならば戦力は落ちる。


 しかし、その問題は解決出来ることであった。


 今回もまたそうなる。


 拐われたエルフの生死は勿論なのだが、再犯を避けるためにのが種族としての結論であった。


 エルフとしての基本的な考え方だろう。



 ――――しかしそうはならない事情が出来てしまった。


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