第197話 *アン視点
既に戦後の処理を始めてしまったテウセルス軍。
……本当に勝ったのかな? 戦争の勝利って、もっと劇的なのかと思ってた……。
軍隊としての規律は保ちつつも、既に帰ったら褒賞金を何に使うか等の私語を始める冒険者一同。
ラドトゥさんもこれには笑顔で加わっている。
砦に収容されたことで死体漁りや掠奪なんかの……いわゆる『抜け駆け』が発生することが無くなったお陰か、冒険者の一軍は終始和やかな雰囲気だ。
逆に思わしくなさそうなのが騎士様が待機する一角。
本隊を纏め上げるお貴族様の集まりなのに……一様に表情が宜しくない。
とても勝った時の顔とは思えないそれだ。
絶対に何かあったと思うんだけど……冒険者にとっては戦争に勝つまでが仕事だから、陥落せしめた砦の中に居るのに、弛緩するなと言う方が無理なのかもしれない……。
別に怒られたわけでもないのに体を縮こまらせて、この後どうすればいいのか分からず、キョロキョロと周りを見渡していた時だった。
広間から抜ける道の一つから、砦の中を見回っていた騎士様の一団が帰ってきた。
他の騎士様と比べても立派だと分かる白銀の鎧に包まれた一団だ。
援軍を率いてやってきた騎士様達だと思う……。
特に目立っていたから覚えている。
何より目立っていたのは――
その金色の髪が目に入ってきただけで息が詰まりそうになった。
美人――という言葉でさえ陳腐に感じてしまう完成された美しさがそこにはあった。
白銀の鎧を身に纏う騎士様の中央で、装備をして下に見る高貴な雰囲気を彼女から感じる。
それまでの騒がしさなど何処に行ったのか、彼女が現れたというだけで音が消え去ってしまった。
後にはカツカツという足音だけが広間に響く。
光を発さんばかりに輝く金色の髪と、どこまでも深く澄んだ青い瞳をした、女騎士様だ。
平時と変わらない筈だというのに、どこか緊張したような空気が漂う。
女騎士様の周りを白銀の鎧の騎士様が固め、一歩空けて更に二人の騎士様が…………。
チャノスを連れて入ってきた。
「チャ、チャノス?!」
思わず叫んだ後で、慌てて口を手で塞いだ。
しかしそれは遅過ぎたようで……。
この場を制していた青い瞳が、あたしのことを貫いていた。
視線を浴びたのは彼女からだけではなく、静けさに響き渡った声に皆が注目してしまった。
それはあたしの幼馴染にしてもそうで……。
「アン…………アン!!」
感極まったかのように駆け出そうとしたチャノスだったけれど、両隣に居た騎士様が持っていた
「よしなさい、無粋でしょう」
しかし金髪の女騎士様の許可が出て、解き放たれた矢のようにチャノスが走り出す。
「アン!」
喜びを爆発させんばかりに駆けてくるチャノス。
両手を広げて飛び込んできた――――から避けてしまった。
「いぎっ?!」
「あ、ごめん」
先程とは違った意味で静寂に包まれる広間。
だ、だって! ……いや、だって、飛び付いてくるのは違うと思う……うん、違う……よね?
「だ、大丈夫?」
「あ、ああ……」
視線に圧されるようにチャノスを助け起こして――掴んだ手の違和感に気付いて驚いた。
「チャノス?! 指が無いよ?!」
「ああ。……別に、なんてことないさ」
あ、カッコつけてる時のチャノスだ。
どうも本当に痛みは無いらしい。
チャノスの勿体ぶった態度が、あたしに冷静さを取り戻してくれる。
しかし指が無いというのは大事だろう。
「ど、どうするの?」
「大丈夫、生やせますよ」
答えてくれたのはチャノスではなく……。
いつの間にか近付いてきた金髪の騎士様だった。
柔和な雰囲気で笑い掛けてくれたのだが、そこに佇んでいるだけで威厳と触れてはいけないような静謐さを感じる。
なるべく柔らかく接してくれようとしているのは分かるんだけど…………余計に緊張しちゃう。
もしこの人の前で普段通りに振る舞える普通の人がいるというのなら、それはよっぽどのおバカさんか肝が据わり過ぎてて頭がおかしい類だろう。
思わず助け起こしたチャノスの背に隠れるくらいには、あたしも驚いたから。
にっこり笑う女騎士様の周りには、こちらを射殺さんばかりに警戒する騎士様達……。
二重に緊張する……!
たぶん、すっっっっごく偉いんだろうと思われる女騎士様が、わざわざチャノスの指が大丈夫だという説明をしてくれる。
「その程度なら市井に流れている魔法薬でも治癒が可能だと思われますよ? 教会でも治せるのでしょうが……欠損の場合は喜捨が必要になります。具合に関係なく一律で。時間は掛かるかもしれませんが、やはり魔法薬をお勧めします。……お薬が苦手だと言われては仕方ないのですけれど」
クスッと花が咲くかのように笑う女騎士様。
恐らくは冗談を飛ばしてくれたんだろうけど……。
笑っていいものか悪いものかの判断がつかない。
チャノスも周りの騎士様も微妙な表情でお互いに視線を合わせないようにしている。
ズルい。
「本当にテウセルス側の冒険者だったのですね? そちらの彼女がパーティーメンバーかしら?」
「は、はい!」
こちらが躊躇している間に、女騎士様は気にした風もなくチャノスに水を向けた。
……なんの話かは分からないけれど、チャノスの返答に真剣な表情で女騎士様が頷いた。
「名簿にて確認を取りますが……嘘をついているようには見えませんね。……一応は信用しましょう。但し監視から離れることはなりません。事実確認が済んだら、事情聴取を行います。私は軍属ですが指揮権はテウセルスの領主にあるので……幾日か拘束されることになると思います。そうですね…………他にもパーティーメンバーが居ますか?」
「ハッ?! そうだ、テッドは?!」
弾かれたようにチャノスが顔を向けてきた。
戦争も終わったのに一緒にいないことを不安に感じたのだろう。
こういうところばかり、あたし達は似ている。
…………そうだ、きっと心配してる。
村に置いてきた幼馴染の顔が脳裏を過ぎった。
「大丈夫……テッドは大丈夫だよ、チャノス。魔法の使い過ぎで向こうの砦で休んでるだけだから。あたし達、生き残ったよ。――村に帰れるよ」
「そ、そうか……良かった」
緊張に強張っていた表情が解ける。
恐らくはあたしも目尻に涙を浮かべているんだろう。
これで村に――――
「テッド…………?」
身内の話で盛り上がっていたあたし達に、女騎士様が首を傾げた。
……あ! 質問に答えてないよ?!
周りにいる騎士様達の視線が強まる。
早くしろと言っている。
「ほ、他のパーティーメンバーは向こうの! テウセルスの砦で」
「テッド……チャノス……アン?」
慌てて答えようとするあたしを無視して、女騎士様は何かを思い出すかのように首を傾げ続けている。
そんな姿も可愛く見えるのはズルいと思う。
これがレンなら絶対に誂われているものだと思っていただろう。
絶対、絶対、小生意気そうな表情で、意地悪に笑う……。
あ、そうだ、レン――――
「思い出しました。あなた達が、ターナーとレライトの幼馴染の方々ですか! あ…………危ない危ない。危うく嘘付きになるところでしたよ。そうでした、そうでした。テッド、チャノス、アン、ですね? 『テッド達』と連呼していたので気付くのが遅れました。しかしこれで私の面目は保たれます」
「タ、ターナー……?」
チャノスも同じ引っ掛かりを覚えたのだろう――知り合いの……というか知り過ぎている幼馴染の名前を呟く。
しかし――――
レ、レライトって……誰のことだっけ?
ニコニコと笑うお貴族様に聞き返すわけにもいかず、あたしとチャノスは只々固まるばかりだった。
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