余章

第196話 *アン視点


「あの! あたし達は行かなくていいん、です、かね……」


 向けられた視線に萎縮して声が尻すぼみになってしまった。


「慌てんなって、嬢ちゃん。お貴族様にも面子ってもんがあらぁな。俺達にゃよく分からんもんだが、こういう時の一番槍ってのは功績になるらしいんだわ。そこを冒険者に先越されるわけにゃイカン、ってんで道を譲ってんだぜ? 横入りした日にゃ、こっちの首が飛んじまうよ」


 冒険者で出来た部隊を纏めてくれている、ラドトゥさんの言葉だ。


 レン……かどうかはまだ分からないんだけど、あの黒いローブの人が、敵の主力と……たぶん変な木人形を壊してくれた後、あたしは纏め役を買って出てくれたラドトゥさん達と合流した。


 前線にも貴族様の指揮官が居た筈なんだけど……砦の門を破る段階で前に走っていってしまったのだ。


 倒した冒険者の装備を漁る冒険者に、お毀れが貰えないかと戦列を離れようとする冒険者、あたしみたいにどうすればいいのか分からないような冒険者も含めて、だいぶ混乱していた前線をラドトゥさんと本隊の右翼に展開していた指揮官様が纏めてくれた。


 今も馬に乗って支持を飛ばす貴族の指揮官様に、ラドトゥさんの言い様が不敬にならないかとヒヤヒヤしている。


 ……うう、絶対聞こえてるよぉ……ラドトゥさんはよく平気だなぁ。


 チラチラと視線を送りながら、いつ怒声を飛ばされるものかと気を揉んでいたら、指揮官様が苦笑を浮かべつつ振り向いた。


「俺は一番だどうだと気にしないタイプだからな。安心してくれていいぞ?」


 はわわわ?! ほらほらぁ! 聞こえてるよお?!


 どうも『あたし達のせいで一番槍とかそういうのに参加出来なかったんじゃ……』と気に病んでるように見られたみたいだ。


 気にしてたのは不敬かどうかなんだけど……なんか優しい貴族様で良かったなぁ。


 ホッと息を吐き出しつつも気は急く。


 あたしは参加しなかったものの、ラドトゥさんと指揮官様の話は続いていた。


「へへへ、旦那なかなか話が分かる。だからって言うわけじゃねぇけどよ、手柄なんて求めてやまない内は落ちて来ねえもんなんだよ」


「……やめてくれ。俺はめちゃくちゃツキが無いんだ。その手の話は実現しやすい」


「旦那、冒険者向いてるわ」


「たった今、潰しが利かなくなったよ」


 何か進展がないかと砦の門を見据えていると、馬に乗った騎士様が一人、こちらにやってきた。


 伝令かな? ……勝ったのかも?!


 しかし後ろから聞こえてきた溜め息に、どうにもそういう状況じゃなさそうだと喜びの表現を堪えた。


「ほら見ろ?」


「いやー……こりゃ凄えや。冗談のつもりだったんだがなぁ。旦那、もし兵隊が嫌になったら自由を信条に下働きやらねえ?」


「それって良いのか? 悪いのか? ……ったく、ツイてねえ。――副官!」


「おう、野郎共! もう一働きだ! 違反料取られたくなかったら真面目にやりやがれ!」


 え? あれ?


 馬に乗って駆けて来た騎士様と指揮官様が少し話して、再びの進軍になった。


 ラドトゥさんと一緒にいたせいか、最前列を行進することになった。


 あたしがテッドから貰った剣は折れてしまったので、落ちていたのを拾い上げて使うことにした。


 砦には後追いを含めた本隊が合流して雪崩れ込んでいったので、とっくに陥落しているものと思っていたんだけど……撤退中の敵軍が反対側の門前で粘っているという。


 ……取り返そうとしてるのかな? だとしたら撤退なんてしなきゃ良かったのに……。


 後処理のような戦いに疑問も浮かぶ。


 あたしの頭では戦争の詳しいところなんて分からないから、命令が出た以上は従うしかないんだけど。


 確保した侵入口である門から、近接戦闘を専門とした冒険者の前衛が束になって進む。


 砦の中は、すっかり味方一色になっていた。


 広い……。


 あたし達の砦とは違って、門から向こうは随分な広さがあった。


 冒険者を含めた全軍を入れてもまだ余裕がある広さだ。


 それだけに幾つかある横道には一部隊ずつ置かれていて、砦の中からの奇襲も警戒しているように見えた。


 上の階はまだ手付かずなのかな?


 戦闘しているのは、こことは反対側……デトライト側の門だと言う。


 これではどちらが砦を攻めているのか分からない。


 あたし達の砦もそうだったから、こっちもそうだと思うんだけど……恐らくは街への進出を食い止めようとしているんだろう。


 ……そう、たぶん……たぶんそう。


 …………なにかな? なにか……。



 ピリピリする。



 肌の表面をなぞるように。


 戦闘中にも感じた、不思議な気分に似通った何か……。


 ……………………、かな?


 強く求めている。


 激しく欲している。


 体が……あたしの中に流れる何かが喜びに声を上げている。


 同時に――――とんでもない危険も感じている。


 なんか……どうしよう?


「おい、行くぞ」


「あ、はい!」


 戦ってこいと言われたのが向こうの門の前なので、促されるままに広間を進んだ。


 と感じるのに、状況はそれを許してくれない。


 ……とにかく、生き延びよう。


 そう言われた。


 不思議と強い信頼感があった。


 チャノスは大丈夫……信じて、自分の身を守ろう!


 そう気合いを入れてみたのだが、何か腑に落ちない、考えが纏まらない、体が……。


 …………というか、と感じる。


 今の一瞬で。


 うん?


 肌を摩りながら首を傾げる。


 何かは消えて無くなってしまった。


 それは勘違いや幻のように。


 …………あれえ?


 頻りに首を傾げながら歩く中で、突然、悲喜こもごもといった歓声が上がった。


「うわあっ?! ど、どうしたんですか? 何があったんですか?!」


 急に張り上げられた声に、周りを気にしていなかったせいか付いていけなかった。


 ラドトゥさんがつまらなそうに答えた。


「ああ……敵さん、尻尾巻いて逃げたんだとよ。なんだそりゃ、締まらねえやな」


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