第194話


 武器の性能差ではない。


 恐らくは両者の武器は同じぐらいの高みにあると思える。


 両者共に未だ無傷なことが証拠だろう。


 しかし使い手に差があるのだ。


 武器の放つ魔力が違い過ぎる。


 ――リーゼンロッテは己の剣を十全に把握していないんじゃないだろうか?


 …………そういえば、これが初陣だと言っていた。


 加えて。


『ふぅ……驚きました。やはり戦場は違いますね。のが一瞬でも遅れていたら負けていました』


『やっぱな。お前、まだ数字付きナンバーズと戦うにゃ早ぇわ。……ま、次の機会なんて無ぇけどよ』


 俺の知らない何らかの要素があるようなことを……両者共に言っていた。


 心臓がバクバクと高鳴り出した。


 縄の上を渡るような緊張感……。


 命の瀬戸際だと理解した本能が、内側からも危機を告げる。



 ――――二割だ。



 やってきた、恐らくはここが最後の分岐点……。


 逃げるべきだ。


 ターニャだって言っていた、俺だって分かる、誰がどう考えてもそうだ。


 ……見殺しにするわけじゃない、リーゼンロッテだって生き延びるだろう。


 押されているように見えて、実は両者共に無傷……無傷なのだ。


 ここに残っていた方が火の粉が掛かる。


 チャノスの安全を考えろ。


 自分の安全を考えろ。


 皆の明日を考えろ。


 ここにリーゼンロッテがいる以上、砦は陥落寸前の筈。


 いつかは誰かが登ってくる……そして相手の体力だって無限ではない。


 リーゼンロッテだって言っていた。


『……どうやら敵国デトライトの人間でもないようですね。我が国に『七剣』があるように、彼の国にも切り札が存在します。一つ二つ落ちるだけでも、相当な国力を失いますし……何より私達の体力も無限ではないので。『量』で対抗されることもあるんですよ?』


 『勝てない』だろう……しかし『負けない』筈だ。


 リーゼンロッテを『生かす』ために。


 第一陣と……連れて来たのなら第二陣も到達しているだろう。


 ……何人死のうが知ったこっちゃないさ、こっちは幼馴染だけで手一杯なんだ。


 横目でリーゼンロッテの横顔を確認する。


 ――どこまでも真摯に前を見ている。


 振り切るように視線を切って、僅かに体重を後ろに掛けた。


 チャノスを掴み、壁をぶち破って逃げる――


「やめとけよ」


 掛けられた言葉は、俺じゃなくリーゼンロッテに対してのものだった。


 しかし心情を探り当てられたようで、動きを止めてしまう。


「何を、でしょう?」


「無駄な抵抗を、だよ。面倒なんだ……決まりきったことなのに、労力を割かれんのは。粘っても結果は一緒なんだぜ? なら苦しまずに逝けよ」


「全く理解出来ませんね。まだ勝敗は決していません。『無駄な』等と言われるのは業腹です」


「だから粘んなって言ってんだよ……。力量差が分からんわけじゃねぇんだろ?」


「おかしなことを言いますね? 私は未だ一太刀も浴びては――」


「――息が上がってるぜ?」


 ピッ、と槍で差されたリーゼンロッテは、指摘に僅かに眉を歪ませた。


 そうだ、確かに、リーゼンロッテの体力だって無限ではない――


 それは僅かな違い。


 呼吸音に違いがあるわけではない……しかし確かに肩が僅かに上下していた。


 リーゼンロッテが苦笑を浮かべる。


「ええ、確かに……些か疲れが溜まっているようです。あなたの言い分を真と捉えるのなら……緊張故にでしょうか? しかし私が抵抗しない理由にはなりません。よく分かっていらっしゃらないようですけれど、戦況は我が軍に有利に働いてますよ」


「ああ、分かってるさ。……だからんじゃねえか」


「……? この砦を『落として』いるのは我々なのですが?」


「そうじゃねえよ。物理的に、実際に『落とす』って言ってんだ。――――ここを、下に……な?」


 ……………………は?


 ブレ始めた焦点を無理やり白黒の髪に合わせる。


 同じような疑問と――焦りを浮かべたリーゼンロッテが問う。


「お、落とす、というのは? この階を……でしょうか? 何を言って……?」


 バカにしたように男が笑う。


「変に思わなかったか? 前門を取った速度、砦内の人員、撤退の早さ……にも関わらず、後門で粘るデトライト軍。半分以上が外に出てるのになぁ。――――まるで外に出さないように蓋をしてるみたいだろ?」


「……下手なハッタリです。いかな『五槍』と言えど、この砦を崩すなどと……」


「そうじゃない。言ってるだろ? 『落とす』ってよ。この砦……二階や三階が無いことに気付いたか?」


 ……そうだ、変に思った……意味が無い……まるで『塊』のような――


「チョイと細工がしてあってな? 構造を理解した奴が、ある一定の箇所を同時に切断すれば……ド~ン! ってなるようになってる。ヤベェだろ? しかし問題もあってなぁ……。なにせ砦ってんだからよ、ある程度は頑丈に作らなきゃいけねぇ。砦として成立する強度で作られた『つっかえ棒』を破壊出来る威力と技術が必要になってくるわけよ。そこで俺の『緑華爪』が選ばれることになってなぁ……あ〜あ、めんどくせぇ」


 言葉を遮って光の斬撃が宙を舞う。


 今度は結果を待つことなく飛び込んだリーゼンロッテだったが、しかし早々に跳ね返されて戻ってきた。


「……くっ!」


「意味無いぜ? どうせ『あいこ』だろ? オメェと戦いながらでも俺はつっかえ棒を切れる。オメェらを始末した後でもいいし、前でもいい。出来るだけから待ってるだけでよ」



「……それは冒険者の混成軍も被害に入れるって言ってるのか?」



 頭を回すより速く言葉が口を衝いて出た。


 痛みやら迷いやらが頭の中をグルグルと回っていたというのに……。


 今は真っ白だった。


 白黒髪は適当な調子で――どうでもいいとばかりに興味無さそうに答える。


「ああ、まあな。うちの国は冒険者を軽んじてねぇからよ。当然そうなるな」


「そうか」


 相手の答えが何であれ、既に心は決まっていた。


 ……うん……………………うん。



 …………………………………………うん。



 俺はチャノスの胸ぐらを掴むと、強引に立たせて引き寄せた。


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