第193話
…………ちょっと、参ったな。
差が……あり過ぎるだろ?
気付いているのかいないのか、リーゼンロッテの様子は変わらない。
もしかしたら今の一撃も、リーゼンロッテからしたら大した威力じゃないのかもしれない。
室内外の違いはあるが、俺に向けて放った初撃の方が遥かに輝いていた気もするし……。
しかし差は如実にあるのだ。
たとえ両者の武器の格が同じだとしても。
――――そして技量に大きな違いがないとしても。
リーゼンロッテが口を開く。
「次戦どうこうは、そっくりお返し致します」
「……『氣』属性持ちは、どいつもこいつも自信家だよな。おかげで足元が掬いやすくていいけどよぉ」
「……自信、ですか。確かに。それが驕りとなって油断を生むのでしょうね。経験済みです」
チラリと横目に確認されたが……こちらとしては全く身に覚えがありません。
やめてください。
「活かせてねぇだろ。じゃ、意味無かったな。後悔と愚痴は神に吐けよ」
「不敬ですね。天上にて千々に裂かれることになりますよ? 自信家は貴方の方でしょう」
「あ〜? なんだ不勉強だな。俺ァ、『氣』じゃねえよ。あとこれは自信じゃなくて……客観的な事実だ」
「…………話になりません」
「同感だな。それより、あれだ……なんで来ねぇ? この後の予定も詰まってんだよ。さっさと次撃を撃つなり、距離を詰めるなりすりゃいいだろ?」
「二人相手でしたので、様子見ですよ」
「あ〜……?」
そこでようやく、白黒髪の青年の視線がこちらを捉えた。
路傍の石でも見るかのように、俺とチャノスを一瞥して――またリーゼンロッテの方へと戻っていった。
「……いや、その黒いのはお前らんとこのだろ?」
「そんな訳がないでしょう? アゼンダ王国の隠し玉…………では、なさそう……ですね」
互いの反応から互いの思惑が外れていることを読み取ったのか……自然と視線がこっちに集まる。
「…………こちらのことは気にするな、続けてくれて構わない」
『どうぞ』とばかりに手を差し出した。
「色々と……聞き出すことがありそうですね」
それはもういいよ、既に色々と話したじゃん。
再び瞳に炎を宿らせるリーゼンロッテを置いて、白黒髪の青年が溜め息混じりに朱槍を持ち上げた。
「…………俺ァ、どうでもいい。聞きたいことも無けりゃ興味も無ぇし。――――さっさと死ね」
言葉尻と共に、風の刃が乱れ舞った。
不可視の斬撃が所狭しと荒れ狂う。
空間に滑るように、魔力の線が尾を引いて、俺やチャノスやリーゼンロッテを刻まんと迫る。
無数の斬線にバツをつけるように、こちらも即座に風の刃を飛ばして対抗した。
最大級に警戒していたから為せる技だった。
互いに打ち消し合う風の刃が、その余波を残さんとばかりに強風を生む。
密閉された広間だというのに、吹き荒れる風がローブをはためかせた。
「へー……こんぐらいは躱せんのか。ま、そりゃそうだよな」
トントンと朱槍で己の肩を叩く白黒髪。
呟かれた言葉は俺とリーゼンロッテ、両者に向けられたものだろう。
リーゼンロッテの方は、剣を地面へと差し込んで、立ち昇る光の柱のようなもので風を防いでいた。
生み出された風の刃は全て相殺してしまったので、それがどのような効果の技なのかは分からないが……。
一撃の威力はリーゼンロッテの光の剣撃の方が高そうである。
不意にリーゼンロッテの剣の輝きが高まる。
微笑を消して、リーゼンロッテが跳んだ。
残像すら引きつつ白黒髪に迫る。
僅かに拮抗する瞬間が露わになったのは、リーゼンロッテの剣を、白黒髪の穂先が受け止めたからだ。
――速い?!
両者共に三倍の領域にある。
今の体調からして目で追うのもキツい。
空間に散る無数の火花と金属のぶつかり合う音が両者の戦いを示している。
「…………くっ!」
先に苦悶の声を上げたのは――リーゼンロッテの方だった。
『やっぱりな』という思いは拭えない。
恐らくは両者共に高い技量を誇っているのだろう。
それはたぶん隔絶された領域。
しかしそれ故に武器本来のアドバンテージが表れていた。
間合いに入れないのだ。
剣の間合いにある距離で戦っていない――攻めているようで防戦しか行われていない剣戟。
このままでは負けは無くとも……勝ちも無い。
リーゼンロッテだって、それはよく分かっているのだろう。
だから幾度も距離を潰そうと斬り込んでは……。
その度に跳ね返されている。
打ち込んだ勢いを殺さずに、槍に沿うように持ち手を狙った突進を繰り出しては――絡め取られるように弾かれる。
豪剣の威力と手数で無理やり距離を潰そうと前進しては――柳に風と受け流される。
体のキレや捌き方は五分に見えるが……どちらの戦闘経験が高いかは一目瞭然である。
リーゼンロッテもそう思ったのか。
このままでは埒が明かないと、下段から力強く槍の穂先を跳ね上げて――距離を取った。
そこで前進しても先程の二の舞いになると踏んだのか、意表を突いた戦法を取ってきた。
剣を振り上げた姿勢のまま背後へと跳躍――そのまま光の斬撃を飛ばすという選択だ。
遠距離攻撃がある剣士ならではの戦法だろう。
威力も先程よりも高いのか、溢れ出す光は過去最大のもの。
砦が揺れる程の衝撃が広間を襲う。
「これなら……!」
確信を持った呟きが、僅かに逃げ遅れて煙を被ったリーゼンロッテから漏れた。
いや……。
「どれなら効くと思ったんだ? いい加減諦めろ。そろそろこっちも仕事を終えてぇんだわ」
絶望に落とす呟きが、吹き散らされる煙の向こうから届いた。
それでもと僅かな望みを持ってして前を向くリーゼンロッテに、無傷の白黒髪が現れた。
技量に及ばず、経験に及ばず、武器に及ばず。
そして何より――
――――両者に渦巻く魔力が、倍は違う……。
『勝てない』
再び思い出されるターニャの言葉に、頬に汗が伝っていった。
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