第192話


「ぐぇっ――――?!」


 荷物を担ぐようにチャノスを肩に抱え上げ、全力で上り階段に飛び込んだ。


 僅かに遅れて直前まで立っていた場所が光に包まれた。


 音は遅れてやってきた。


「チィィィィイイ?!」


 舌打ちなのかズルいと叫んでいるのかは俺も分からない。


 段差を無視して立体的な軌道で階段を上がっていく。


 噴き上がる土煙に追い越され、視界も染められたというのに……階下で光る何かはハッキリと分かった。


 ――――――――に、二階が遠い?!


 どういうことなのか、二階――あるいは三階ぐらいの高さを上がったというのに通路が見えない。


 もしや屋上まで直通なのか――――?!


 疑問が浮かぶのと、通路を見つけるのと、光が膨れ上がるのは同時だった。


 衝撃が階段を壊して通路へと罅を入れる。


 飛び込んだ端から煙が覆う。


「躾がなってないんじゃねーの?!」


 どうなってんだよ、クライン家!


 トン、トン、と軽い足音が下から上へと近付いてくる。


 何かが崩れた階段を上がってきているのだ。


 何かっていうかお嬢様だ。


 ホラー属性まで携えて再登場だ。


 なんで崩落しないんだよ、この砦はあ?!


 今の衝撃でも揺るがないという頑丈っぷりを見せる砦に見当違いな怒りを覚えながら、煙が流れていく通路を走る。


 風の流れがある――ということは……。


 希望に縋るように風と共に走った。


 ビシビシという音は周りから聞こえてくるのか、体の中から聞こえてくるのか……。


 そして――――出逢った。



 灯り希望に焼かれる虫のように。



 四階か五階か、とにかく一階より上の、屋上ではない広間。


 砦の門から飛び込んだ広間のような……いやそれより広い空間があった。


 空っぽの空間、だだっ広い広間。


 何かの倉か、もしくは室内訓練場か。


 いやそんなことより――


 その広間の中央にて、しゃがみ込む誰かの方が問題だ。


 酷く面倒臭そうな表情の青年だった。


 気怠げ、というよりか面倒だと感じさせる態度と表情。


 手にした槍を両手に体重を掛けるようにしゃがみ込んでいる。


 三十代に届くか届かないかという風貌に、兵士とは思えないような軽装。


 中国拳法の道着を着て、身長より長いシンプルな朱槍を持っている。


 一部が白い黒髪に、凍えるような水色の瞳。


 ヤバい、と思えたのは魔力が見える故か。


 槍に内包されている魔力が――――


 全力で通り過ぎるつもりだった。


 肌にプツプツと浮かんだ鳥肌もそれが正しいと肯定してくれる。


 計算外なのは、反対側にあった通路に飛び込むより速く背後から迫った光撃だろう。


 横っ飛びで避け――代わりに受けた通路が崩れ、足止めを余儀なくされた。


「……随分と早い再会が叶ったことを、嬉しく思います」


 激しく咳き込むチャノスを地面に降ろしていると、空気を読まないことに定評のある正義感女騎士が煙の中から現れた。


 薄い微笑から感じられる感情に暖かさがなくなっている。


 ……もしかして青筋を浮かべてらっしゃるのかもしれない。


 ズキズキと無理させた両足が痛む、抱え上げるのに使った右手首も右に同じく。


 それどころじゃない! と叫べたらどんなにいいか……。


 次に声を上げたのは、怒りに微笑むお嬢様でもなく、冷や汗と脂汗に塗れる黒ローブでもなかった。


「あぁーー…………めんどくせ」


 そんなに大きな声でもなく、迫力があったわけでもない。


 それでもその声には人を引き付ける……いやがあった。


 こちらへ一心に笑い掛けていたお嬢様が視線を逸らしたとあれば、どれだけの力が含まれていたか分かるだろうか?


 ターニャが角材を握る時に匹敵するね……!


「出来れば遠慮して欲しいのですが……」


「攻めて来といて、そりゃねーだろ? 遠慮して欲しいのは俺だっつーんだよ」


 ゆらりと立ち上がっただけのそいつを最大限警戒する。


 そこでリーゼンロッテがようやくと青年が持つ異様な槍に気付いた。


「…………これは失礼しました。アゼンダ王国の『五槍』とお見受けします」


「そっちゃ『七剣』だろ? 空席だった『光』に収まった新顔だな? ……可哀想に」


 本当に可哀想だと思っているのか、憐憫の表情をリーゼンロッテに向けてきた。


 今のリーゼンロッテに受け流す余裕はなかったのか、凍えるような雰囲気で問い返す。


「何がでしょうか? 私は今、私が持つ戦場の運気に喜び震えているところです。水を差すのはお勧めしません」


「それだよ、それ。その戦場の『運』ってやつが、あまりに無さ過ぎて不憫でよぉ。ここじゃ無きゃ、俺じゃ無きゃ、華々しい活躍も出来ただろうにな。初陣でなんの戦功も立てることなく犬死じゃ、『光』の名に泥を塗るだけで終わっちまう」


「…………覚悟はよろしいのでしょうか?」


「そんなこと訊いてくる時点でダメだ。ここは戦場だぞ? ――――無ぇ奴は居ねぇに決まってんだろ」


 あ、すいません。


 リーゼンロッテと白黒髪の青年、言葉を交わす程に場の空気が緊張していく。


 武器から放たれる威圧感プレッシャーが目に見えるかのようだ。


 リーゼンロッテからは鮮烈なまでに、対抗せんとする白黒髪の青年からは涼し気に――


 膨れ上がった緊張は、早々に破裂した。


 三倍に強化しているのに、目で追えるかどうかという大変な一撃をリーゼンロッテが放つ。


 光の斬撃だ。


 正面から相対すれば、その光量故に出処がハッキリとせず避けるのも困難、そのうえ単純に範囲も広い。


 人一人に向けるには規模が大き過ぎる光の奔流が白黒の青年に飛ぶ。


 認識出来ているのか、いないのか……。


 未だ涼し気な表情の青年に嫌な予感がいや増す。


 着弾は見えず、しかし爆音と閃光が部屋に轟く。



『……



 脳裏を流れるのはターニャのセリフだ。


 呆気にとられるチャノスを、背中に隠すべく前に出た。


 今のは、タイミングからしても避けていない……間違いなく筈だ。


 その威力は、たとえ両強化を四倍にしていたとしても無事に済むレベルではない。


 ――――だと言うのに。


「やっぱな。お前、まだ数字付きナンバーズと戦うにゃ早ぇわ。……ま、次の機会なんて無ぇけどよ」


 光が収まると、掠り傷……どころか一歩として動いていない青年が、酷薄な笑みを浮かべていた。


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