第191話


 水瓶に頭を突っ込んで水分を補給した。


 チャノスが見つけてきた干し肉を無理やり飲み干して腹を満たした。


 食欲が湧かないぐらいに気分が悪かったのだが、異常な程に腹が減っていたし、頭の回りも悪かったので食べておく必要があった。


 体のおかしさは、既に予想出来ない域にある。


 ダンジョンでは丸一日どころか常に強化魔法を発動していたというのに……ここまで『おかしい』と感じることはなかった。


 それは魔力が危険域五割に達していなかったことと、両強化の四倍を連続使用することがなかったことに関係していると思う。


 だからといって引き返すことなど出来ないのだが。


「それで……どうしましょうか?」


 大方の傷も癒え、腹が満たされたことで体力が戻ったチャノスが訊いてくる。


 チャノスには、適当にテウセルスの救出部隊の一人だと言ってある。


 自分一人のためにそんな部隊が動くのか疑われそうなものだったが……割とあっさり受け入れられたのは狭い村でのんびりと育った証拠だろう。


 俺とターニャのために捜索隊が組まれたという経験も頭にあったのかもしれない。


 ……なんかタイミングを逃してしまい、レライトだと告げにくくなってしまったのだ。


 チャノスとて弟分だと思っていた奴に醜態を晒していたなんて知りたくないだろう?


 後々のケアを考えてのことだ。


 頭がグワングワン鳴っていたから考えるのが面倒になったとかではない。


 断じて。


「まずは合流するべきなんだが……」


 勿論、アンやテッドにだ。


 この場合で言えば『テウセルス軍冒険者部隊』になる。


 そこで問題になるのが……。


 砦に入ってきた部隊だ。


 何処の誰なのか?


 ターニャの予測では激オコお嬢様だという。


 それはマズい……非常にマズいだろう。


 特に回転していない頭でもマズいと思うのだから、よっぽどだと思う。


 最悪チャノスをテウセルス軍の真ん中に放置したら保護されたりしないだろうか……。


 チラリと未だに干し芋を齧るチャノスを見やる。


 どう考えても無手だ。


 未だ混戦が予想される戦場に装備皆無のチャノスを置いて、果たして無事に済むものなのか……。


 …………水瓶の蓋と包丁持たせたら成立しないかな?


 某有名ゲームの最初の方の良い装備がそんなんだし…………いやこれワンチャン?


 いや落ち着け、頭回ってないぞ、右手首痙攣し始めてるし、なんか吐きたくなってきたし。


「……とにかく砦を出るか。ここは未だ敵の勢力圏内だ……」


 俺のね。


 未だに厨房でのうのうと出来るのは、共に全兵力でのぶつかり合いが発生しているからだろう。


 勝った方の兵が砦を占拠するのは当たり前で……。


 そのどちらにしても俺は敵と見做されているのだ、むしろ敵の勢力圏じゃなくなることがない。


 逃げるが勝ちですよ。


「わかりました。でもあの……どうやって?」


 黙考しているようで実は単純に痛む頭を押さえている俺に、チャノスが疑問をぶつけてきた。


 ……そうなんだよなぁ。


 この砦には窓が無い。


 全く無いわけじゃないんだろうけど、一階の通ってきた通路には一つとして存在しなかった。


 出入りはバカデカい広間の前と後ろの門を使うのだろう。


 そしてそこは今、激戦が予想される区域でもある。


 つまり可能性としては……。


「登るか……」


「……どこをでしょう?」


 勿論、砦をだ。


 上の階が存在することは見た目からして分かっている。


 もし一つとして窓が無かろうと、最悪あのボールのように降りれば脱出も可能だろう。


 魔法を使えばギリギリ降りられるラインだと思うんだ。


 どっかの骸骨を粉砕した時に高所からの落下を経験済みなので、メンタルの面でも大丈夫。


 …………問題は魔力だろうか?


 それがどんな時でも、魔力が一定のラインを越えてしまうと気絶してしまうのだ。


 これが問答無用に。


 ……今、かなり際どいところにいると思う。


 ジリジリと減っていく魔力の残量は二割一分を切ってきた。


 過去の例からすると一割が気絶ラインなのだが……今の体調を考えると次の瞬間でもおかしくない。


 ここらで早いとこ動く必要があった。


 大きく一つ深呼吸をしてから立ち上がった。


「行くぞ」


「は、はい!」


 勘違いをいいことにチャノスを食堂から連れ出す。


 本当なら食堂から動きたくないのだろうということはビクビクした態度からも読み取れたが、今は状況がそれを許してくれない。


 駆け出すと同時にバサリとはためいたローブに『……あれ? こんなに裾……』と疑問が湧いてきたが正面から聞こえてきた怒声に思考が逸れる。


「……て、敵?!」


「こっちだ」


 それが正解かは分からないというのに自信満々に声を掛け、兵が上げる声に怯えるチャノスを未だ通ってない方の通路へと誘導する。


 上る階段は見掛けていないんだから……まだ通ってない道にあるよ。



 ――――感覚が元のままだったら、強行突破を選んだだろう。



「あ――」


 ――った、と声を出す瞬間に少し先の通路が爆発した。


 激しいと爆音と共に、ゴミのように吹き飛ぶ兵士。


 粉塵の先には――――人の手で極限まで磨き上げられた美しい一振りが


 一度としてみたことのない激情を瞳に宿して。


 …………二度と会わないって約束だったじゃん?!


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