第183話


 回復魔法は…………使えない、な。


 足りるか、足りないか……。


 魔力の残量は微妙なところ。


 距離を取っていたというのに見つかってしまった……もう少し離れるべきだったのだろうけど、ここが限界だった。


 身体能力強化を二倍にして追ってくる矢を辛うじて躱す。


 右翼に居た弓兵のような人材はいないのか、砦に近付く程に届かなくなった。


 ありがたい……そんなに機敏な動きが出来ないのだ。


 体の痺れは勿論だが、痛みや吐き気、頭痛なんかも酷い……。


 視界が歪み、頭がクラクラする。


 傷を負った場所が痛みを越えて熱を持ち始めた。


 魔力の残りもそうなのだが……色々と限界が近い。


 時間は余りないようだ。


 突然の出来事に対応を決めかねている冒険者の前衛部隊に潜り込む。


 伝達が遅いのは冒険者に指示を出すつもりがなかったからか、先程から前後の軍での連携が単調だ。


 恐らくは冒険者指揮官に指揮を投げての露払い程度に考えているのだろう。


 ……使い捨てる前提か。


 ダンジョン、戦争、冒険者……。


 もっと夢のある異世界であって欲しかったなぁ……。


 壊れたパペットマンの残骸を漁るテウセルス側冒険者の群れを横目に、引いていくデトライト側冒険者の群れを追う。


「あ、おい! 抜け駆けすんな!」


「なんだあれ? 魔法持ちか?」


「おい! まだか?! 俺たちも追おうぜ!」


 右翼と違って左翼には姿をハッキリと見られていなかったせいか、先走った仲間に掛けるような声が追ってくる。


 次いで、今度は砦へと引き上げる冒険者の群れから矢が飛んできた。


 迂回することは出来ない。


 目的地はこの軍を越えた向こうにあるのだから。


 肉体強化も二倍に引き上げて、直撃するコースにあった矢を左手で弾く。


 ほぼ直進するような矢の進み方からして、こちらの弓士の方が腕が良い。


「来るぞ!」


殿しんがりに出る! 進め!」


「まだ魔力が残ってるパーティー! 牽制するから残れ!」


 パーティー単位で運用されているからか、連携するのも早い。


 分厚い盾を持った冒険者が、これ以上は行かせまいと進路を阻んだ。


 足を踏み切って飛び越えると、矢が飛んできた。


 ――――これは予想出来た。


 爪先を盾に引っ掛けて無理やり空中で軌道を変えた。


 一瞬前に体があった位置を無数の矢が貫いていく。


 テウセルス軍との攻防で似たような遣り取りを経験したからこその対応だ。


 体を丸め、一回転させて、足から地面へと降りる。


 着地の瞬間を狙って振り降ろされた剣を躱し、人混みを盾にするようにジグザグに進む。


「こいつ……!」


「速え! 闇雲に撃つな! 味方に当たる!」


「っ……の!」


 僅かな隙も見逃すまいと、殿に残った冒険者の群れから抜け出す際に一斉に攻撃が飛んできた。


 これで負けている側だというのだから……大した演技力だ。


 速度で突き放すべく遮二無二走った。


 矢がフードを切り裂いて頬に傷を付ける。


 着弾した火球から跳ね上がる土砂がローブを汚す。


 ……あと少し。


 目前に見える砦の門に、あそこに入りさえすればという思いが芽生える。


 ジットリとした脂汗が背中を濡らす。


 衝撃で砕けた小石が右手首に当たり、痛みが体の中を駆け抜けていく。


 …………あと少し、あと少しだ。


 門前に居る兵は、予想していたのか……それとも問題のある状況じゃないのか、準備万端と陣を敷いている。


 引いていった冒険者の群れの先頭が、開け放たれている門の中へと到達した。


 今なら行ける、今なら行けるぞ……頑張れ、頑張れ。


 ここが最後とばかりに自分に言い聞かせて両強化を三倍へと引き上げた。


 僅かだが体の痛みが軽減されたように感じるのは、身体能力と肉体が強くなったからか。


 傷自体に変わりはないというのに。


 ……嫌なドーピングだ。


 毎度の感想を、眼前に迫ったデトライト軍を見て飲み込む。


「――撃て!」


 反動という言葉を振り切って急加速。


 今度は前方から飛んできた魔法と矢を置き去りに、退却する冒険者の群れに追い付く。


 見覚えのある巨漢がボロボロの右手を携えて運ばれている。


 まさか追い付いてくる奴がいるとは想定していなかったのだろう、冒険者を砦へと収納するためにデトライト軍は左右に分かれている。


 花道をどうも。


 もしくは口を開けた虎か何かか。


 誘われるままに突っ込んでいく。


「さっきの黒いアレだ!」


「行かすな!」


「バカ撃つなよ?! 味方に当たる!」


 さすがに射線上へ友軍が入ったとあっては、デトライト軍も攻撃を躊躇している。


 追い付いた冒険者軍からの抵抗もあったが、あの筋肉冒険者やエセ笑顔の槍使い程の奴はいないのか、問題にはならなかった。


 デトライト側の冒険者は作戦遂行という意識が強いのか、その抵抗も連携が取れている程ではなく単発だった。


「――――閉めろ! 閉門だ!」


 どこぞの死にかけ筋肉が余計なことを口走った。


 思い切りの良さはデトライトの特徴なのか、直ぐに門が閉まり始める。


 恐らくは上司の命令じゃなく現場の判断というやつだろう。


 ……冗談こくなよ!


 孤立無援の状態で、無傷の軍の真ん中に取り残されるわけにはいかないのだ。


 こちらの計画が終わってしまう。


「あだ?!」


「いてっ!」


「おい?!」


 再び足を踏み切って飛び上がると、冒険者を足場に門を一直線に目指した。


 門に挟まれては堪らないと足を止める冒険者を追い越して、弾丸のように砦へと飛び込んだ。


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