第184話


「……勝てない」


 ターニャはまず、大前提としてこの戦争が勝てるように出来ていないことを説明してくれた。


 深夜にも拘らず、職務に精を出すリーゼンロッテの騎士に囲まれた部屋で、しかし盗聴は出来ないだろうという認識の元、声を潜めずに話し合った。


 かなり急にやってきたランク高めの宿屋の一室なのだ、まさか盗み聞きされる心配もあるまい。


 ……なにより、中にいるのは田舎村出身の半人前が二人――と、見られていてもおかしくないわけで……。


 っていうか田舎の子ザル二匹とか思われてそう。


 広げられた地図には、大まかな戦場の地形が載っていた。


 山間に挟まれた鏡合わせの戦場。


 8の字のような平野だ。


 ……本当なら半分ずつ分け合えていたかもしれないことを考えると微妙な気持ちになる。


 互いに平野に蓋をするように砦を築いている。


 相手の国に抜けるには森の深いところを通らなくてはいけないらしく、決死隊よろしく少人数が精々といったところだそうだ。


 しかしダンジョン都市『リドナイ』とマズラフェル間の公道を破壊したり、大食漢な芋虫を外来種のように流入させたのは敵国だと言う。


「つまり決死隊とやらを募ったのか?」


「……そう」


「なんで?」


 芋虫の驚異や少なかろうと敵の背後に抜け出した味方を、挟撃に使わずこんな悪戯染みた使い方をした理由を知りたかった。


 ターニャが知っているわけはないのだが……。


 ダンジョンの底で拾ったランプが灯す僅かな光に照らされたターニャは……普段からの粗野な行動も鳴りを潜め、ともすればアンやケニアと肩を並べても見劣りしない容姿が浮かび上がり、更には伏し目がちな瞳から溢れる紫色した魔力の燐光から超然とした雰囲気すら放っていた。


 ……これが新興宗教で、彼女が『巫女』だと言われたら頷けそうであった。


「……念の為、バーゼルの足を届かないようにしたかったから。『七剣』の消費も含めて。もしくはギルドマスターの足止め。……計画外なのは、レンがそこを通ったこと」


 なんて理不尽なんだ、人の所為にするのもよくない。


「つまりテッド達が悪いってことだな?」


「そう」


 食い気味に答えてくれたターニャは真実だと思う。


 要はバーゼルやリーゼンロッテ、あとあの恐い顔のギルドマスターの参戦を防ぐのが、公道破壊から始まる一連の妨害の狙いだとターニャは語った。


 あんなのが戦場に出てきたらと思うと、その決死隊の使い方も仕方なく思えるが……。


 ターニャは続けた。


「……ただの保険」


 あってもなくてもと。


 文字通り、『念の為』であったと。


「ふーん」


「……レン、真面目に聞いて」


 いや、うん、真面目だよ? 真面目真面目。


 普通の人なら見えないとされた魔力。


 しかし俺には暗闇で瞳を紫に染めたターニャが睨んでいるように見えるわけで……。


 怖さ二倍だ……魔力なんて見えたところでなんの役に立つのか? 赤ん坊を現実逃避させるのが精々ですよ。


 正直、細かいところはどうでもいいと思っているが……。


 しかし真剣な調子で頷いた。


 彼女が角材を握っていたから。


 沈黙に耐えてターニャが視線を地図へ戻すまで粘った。


 演技力ってのは忍耐なのだよ。


 そこから語られるのは、ターニャの未来予想図。


 俺達の国にとってのマイナスばかり。


「本当?」


「……本当」


 確信を込めて頷かれたのだから、もう何も言えない。


 ……わざわざそんなことするかね? と思わんでもないような内容だった。


「じゃあ勝つだけ……いや、戦うやるだけ無駄なのでは?」


「……戦場になってる平野は、取れる……」


 それがどれだけの利益なのか。


 むしろ山に居る魔物の駆除なんかを考えればマイナスな気がしないでもない……。


 忙しなく動かされた駒が地図へと散らばっている。


「…………まあ、そこら辺は俺達が考えることじゃないよな。偉い人が考えるんじゃないか?」


「……うん」


 二人して近い未来に起こりうるであろう戦場の変化を、仕方無しと短い言葉で切って捨てた。


「問題は戦争にどう介入して、テッド達をどう回収するかなんだけど……」


「……戦争が終わる条件は三つ。勝つか負けるか……引き分ける」


 ターニャが出した三択に、地図の上の駒を拾っては転がす。


「『引き分け』は困るよなぁ……こちらとしてはテッド達を連れて帰りたいわけだし」


「……うん」


 疲弊するまで戦い抜くという……なんともアホらしい決着が例年にして罷り通っているというのだから救えない。


 なんでそういう戦場を選らんだのだろう? ……なんて思うものの、恐らくは『俺が決着をつけてやるぜ!』等と考えたのであろうことは予想に容易かった。


「……だから『勝つ』か、『負ける』か」


 ターニャの呟きにうんざりとした気持ちになる。


 もはや争うことに意味はないと知らされたばかりなのに……勝とうが負けようが結末は一緒だろう。


 当初の予定としては、三人をぶん殴って気絶させてから身柄を攫うなりなんなりしようと思っていただけに……ややこしくなってきた状況に気分も落ち込む。


「でも『勝てない』」


「……そう」


 本当の意味での勝利は訪れない、それがターニャの予測。


「……戦死したことにして攫っちゃうのはどうだ?」


「……終戦時に生死確認がある。そもそもリジィやギルドから隠し続けるのは無理」


「だよなぁ……」


 ……そうだねぇ、ずっと村で匿い続けるにも無理があるだろうしね。


 あんな辺境にある村だろうと領主の遣いが年に一回はやってくる。


 人数管理もしっかりとされている。


 …………なによりあいつらが大人しく村で隠れ住み続ける想像が出来ない。


「……もう『負け』ちゃうとかどうかな?」


「……その時はリジィが死んでるからテッド達の即時解放要求が難しい。なにより冒険者は前線に出されてる。テッドもチャノスもアンも死ぬ。アンが死ぬのは困る」


「テッドとチャノスも入れたげて?!」


 ……ターニャさんは冗談が過ぎるなぁ、ハッハッハッ……やだ眼が紫色本気


 見捨ててしまえと言われないうちに話の方向性を修正する。


「つまりは『勝つ』しかないんだな?」


「……そう」


 まあ、ターニャの話が本当に本当なら……『勝つ』というか『争いには勝った』みたいな終わり方なのだが……。


「……一時的に、戦争が終わる」


「…………それしかないかぁ」


「……そのために、レンには頑張ってもらう」


「…………それしかなーい?」


 真顔で頷くターニャに対し、溜め息を吐き出しながら俺の魔法の全貌を伝えた。


 ……うん、なんかこう……とにかく凄い! とか思われてそうだったからだ。


 無理なものは無理だと言っておこう。


 万能じゃないし、魔力にも限りがある。


 一番役に立つのは瞬間的マッスルなのは言うまでもないが……戦場を火の海に! なんてのは無理だと。


 それを踏まえてターニャは言った。


「……大丈夫」


 一息入れて。


「……だと思う」


 色々終わったらテッド達をボコボコにしようと誓った。


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