第179話


 身体能力強化魔法と肉体強化魔法の三倍を併用した攻撃を受けたにも関わらずピンピンしている冒険者……。


 このレベルの冒険者が居て、押されているという事実。


 なるほどね……。


 横切ってきた戦場で計った両軍の実力に大差は無いように感じた。


 むしろ冒険者の質からして、僅かながら向こうに軍配が上がるような気さえする。


 開戦から今まで、どれだけの月日が掛かっているのかは分からないが……ここまで良い様に押されているのだから、向こうの戦力には底が見え始めている……。


 ――――と、思わされているわけか。


 ……確かになぁ。


 目の前に人参がぶら下がったら取りに行くのが人間だよなぁ。


 知恵を働かせて、ぶら下げられている枝や糸を辿れば、何も届かない目標に走り続ける事態にはならないのだから……とか考えてんだろうな。


 ターニャの予想では、人参それすら幻だというが。


「足止め役か……ご苦労なことだな」


 ちょっとした思い付きで、顔を紅蓮に染めて近付いてくる冒険者にカマを掛けた。


 もはや誰の言うことも聞かないとした在り様だったというのに、こちらの問い掛けにピタリと足を止める脳筋。


 状況証拠には充分だ。


 ついでとばかりに溜め息を吐いて言葉を重ねる。


「お前……腹芸に向かないな? 軍の依頼なんかに関わるべきじゃなくないか?」


「……面白え。それを知ってるってことは、テメェ大物だな? どちらにしろ生かして帰すつもりはなかったが、絶対に殺す必要が出来たぜ」


 こいつ……チョロい!


 しかも結構事情を知ってそうな上に、今まさに自爆していることに気付かないタイプだ。


 既に頭に血が昇っていることは見て取れるが、更に挑発せんと煽っていく。


「そうか? だが安心していいぞ。俺はお前と違って慈悲深い。手加減してやるからな? 怖がらずに来るといい」


「こっ…………!」


 もはや血管が切れそうな表情で走り出す冒険者。


 煽り過ぎて黙秘させてしまったようだ。


 ポーズも真似んとして拳を打ち付けたのがいけなかったかな? それとも格闘物にありがちなチョイチョイ手招きが怒りを誘ったのかもしれない……地面を割るだけに留めておけばよかったんだろうか? 今後の課題として覚えておこう。


 リーゼンロッテ程じゃないにしても加速して踏み込んできたマッチョ冒険者筋肉達磨


 悪鬼もかくやとした表情が迫る。


 踏み込んだエネルギーを見晒せとばかりに軸足から放射状に罅が広がっていく。


 安全確保のために大斧ごとアンを背後へと突き飛ばした。


 「ふぎゃ!?」だか「ふぎっ?!」だか知らないが喜びの声を上げる幼馴染。


 お礼はレライト君まででよろしく。


 隕石か拳か分からない塊が、頭上から押し潰さんというか爆散とばかりに降ってきた。


 傷は治したが血液の残る左手を振って血を払うと、対抗せんと右拳を突き上げた。


 同じく踏み込んだ足を軸に放射状の罅が広がる。


 衝突は空間を歪ませた。


 空気が逃げ場を失い衝突点で圧縮される。


 互いに押し勝たんとする拳は未だ触れることなく――


 先に突き破ったのは俺の拳だった。


 停滞は一瞬だったのか数秒だったのか、しかしその余禄も無く超スピードで振り切られた拳は、金属の手甲をゴムのように凹ませ突き上げた。


 間髪入れずに襲ってきた左の手甲を、今度は躱し様ヘラヘラと囀る。


「おっと、すまない。まさかあれしきのことで凹むとは……。取り扱いに注意が必要な一品だな? 安物か?」


「ほざくな三下あああああああああああああああああああああああああ!!」


 ほざくわクソマッチョ! めちゃくちゃ痛かったぞ?! 何製だバカ野郎! お前の体も手甲もよおおおおお!


 どこぞのパペットマンといいイカレポニーテールアテナ正義脳お嬢様リーゼンロッテの武器といい、体を強化するだけでは破壊不可能な一品が世には溢れているようだ。


 未だ余裕だと言わん態度で左拳を躱す。


 おちょくっているようで結構必死。


 向こうの速度もかなり上がっている上に、手甲自体にも仕掛けがあるのか、触るとチクチク感じるのだ。


 打ち込まれる度に捲れ上がる地面が、圧力に耐えられず沈んでいく。


 手甲を纏った拳が生み出す豪風が、右へ左へローブを揺らす。


「ああああああ! 当たんねえっ! ヒラヒラヒラヒラしやがってええええええええ!!」


「仕方ないだろ? 打ち合ったらお前の手甲が壊れちまうからなぁ……。当社としましては充分な配慮の元に対応を決めている次第でして……」


「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 もう獣やん。


 恐らくは傷んだであろう右手すら加えてのラッシュが始まった。


 風だけで浮き上がらんばかりの質量が目の前を横切っていく。


 心臓に悪い。


 早いとこ目的を聞き出すとするか。


「おいおい、いいのか?」


「ちったあ! 黙れっ! ねえのか?!」


 叩きつけられた拳に、地面がせり上がる。


 足場を崩されまいと速度を活かし、筋肉冒険者の背後へと回る。


「そろそろ時間だろう? 随分と自信のある代物らしいが……巻き込まれたくはあるまい」


 振り返りざま放ってきた裏拳から距離を取る。


 その勢いはこちらを殺さんとするものだったが――――表情は驚きに彩られていた。


 ……マジかよ、本当にあるってのか?


 ターニャの予想にある奥の手の――


「汎用的な兵器……」


「……本当に何者だ、テメェ? ――おい! 手数を増やせ! 俺ごとで構わん! 留めたら――――殺れ」


 思わず漏れた言葉に反応した筋肉冒険者が声を上げた。


 戦うに当たって他人が介在することを許さないようなタイプに見えたが……。


 怒りにまみれていた表情は落ち着きを取り戻し、仕事を遂行せんとするプロのそれのようだった。


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