第180話


 俺ごと殺れとか……自己犠牲精神溢れるヒーローか暗殺家業の爺ちゃんからくらいしか聞いたことねえよ。


 しかしどうやら冗談では無いらしく……。


 マッスル冒険者の周囲にいたパーティーの中から、杖を取り出す冒険者が数人。


 ……随分と魔法を温存していたものだ、いや正確には『隠し通していた』かな?


 どうやらこれ以上戦線を引き下げるつもりはないらしい。


 押せ押せで来たテウセルス側の軍は、正規の兵が直ぐ後ろまで迫って来ている。


 恐らくは第二陣であろう軍勢も、向こうの砦を出た頃かもしれない。


 タイミングとしてはそろそろに感じる……。


 武器の脅威度は『一般人が兵士や冒険者を倒せる』レベルだそうだ。


 一般人でも戦闘のプロとも言える人を殺傷せしめる汎用的な武器と言えば、思い付くのは一つである。


 しかしそこは異世界だけに突破出来そうな人物もチラホラ。


 俺だって両強化を掛けていれば避けるのは勿論、もしかしたら当たっても「イテテテテテ?!」ぐらいで済みそうで怖い。


 そもそも『個人で』というのはどうだろう?


 正直、個人に持たせるよりも砦に登載されている可能性の方が高いと思うのだが……。


 いわゆる『大砲』ってやつだ。


 しかしターニャの予想では、一兵卒でも使えるものを目指す筈だから、と言っていた。


 ……魔法があるのに? って思うのは、俺が魔法に毒され過ぎているからなのだろう。


 戦場にボコボコいるからさあ、魔法を使える奴。


 使えない奴の方が圧倒的に多いよね。


 ……この光景からして説得力ないけど。


 各所で魔力の高まりを感じる。


「――疾っ!」


 魔法に気を取られていると、今が好機とばかりに手甲装備の冒険者が突っ込んできた。


 しかしようやく速度に慣れてきたのか、大きく振り切った右拳を目の前で受け流しつつ、腹に掌底を叩き込めた。


 いい手応え……!


 耐えられたことと――隠れていた左手に掴まれたことが予想外。


 右拳はこちらの視界を限定するために振り切った罠かよ?! 凄い! 違った、ヤバい?!


 血を吐きながらも気炎を上げるマッスル冒険者。


「――今だ!」


 いや「今だ!」じゃねえんだよ。


 こちらを逃がさないために着弾のタイミングを合わせて発動した魔法が空に輝く。


 その数、実に二十以上。


 ミシリと音を立てた手首に、逃げることは適わないと悟った。


 ――迎撃!


 火魔法を選択して右手を持ち上げた。


 炎の壁を作り、砲撃される魔法を阻むつもりで発動。


 しかし出てきたのはいつもの火柱だった。


 ……どうやら横幅に限界があるらしい。


 久しぶりに感じられる裏切られた感に思わず真顔である。


 想像の中で幼馴染(誰とは言わないけど)が溜め息を吐く。


 幾つかの魔法を巻き込んで上がる火柱を尻目に、今度は安心と信頼の風魔法を選択。


 面倒臭がらずに一つ一つ迎撃していく。


 両強化を三倍にした時の感覚だったから間に合った感がある。


 撃ち込む数を倍にするか、攻撃の質を上げられたら被弾していただろう。


 目の前で真っ二つに切られて四散した土塊を最後とばかりに見送って、捕まえた手首を折らんとするマッスル冒険者に向き合った。


 何故だ?


 大人しく、というには一瞬の出来事だったのだろうが、こちらの速度に付いてくるマッスル冒険者にしては今の隙は大きかった筈だ。


 しかしそれも右拳が……いや手甲が発する熱を見て納得出来た。


 僅かながら溜めが必要な攻撃だったのだろう。


 先程の攻防で、当てる手段と溜める手段に当たりを付けてきたといったところか。


 囮と見せ掛けて、実はあっちが囮という……よくあるあれだ。


「裏の裏か」


「死ね」


 戦闘経験の差だな。


 キメに来たその一撃は、熱が大気を歪ませる程に強く、まるで隕石のように火を放ちながら落ちてきた。


 ……悪いと思う。



 こっちはズルして勝つしかないのだから。



 引き上げた両強化魔法が物理法則を越えて時間にすら干渉する。


 既に避けようのない攻撃の隙間を縫うように、間に合わなかった迎撃を成立させて先程の激突を再現――――しかし今度は膠着すらしなかった。


 亀裂が入った手甲は一瞬と持たずに粉砕され、隠れていた右手からは血流が逆噴射するかのように血が吹き出す。


 右手がふっ飛ばされるままに、まるで体の方が付属品だと言わんばかりに付いていく。


 僅かな間を置いて、ズシン、という重々しい着地音が響いた。


 耳に痛い静寂は、脳髄に走る痛みからは好都合だった。


 …………静かでいいな、これの回復には時間が掛かるのだ。


 さすがに怒号でも上がろうものなら、頭痛が止まらなかったかもしれない。


 魔力は……マズい、六割を切ってるぞ。


 これは予定より随分と超過している。


 極力抑えたつもりだったが、両強化の四倍には最低でも二割弱の魔力が取られるらしい。


 三割は残して帰るように言われているのだが……。


 ――――相手が困っている時にこそ攻めるのが戦である。



 ズドン、という重々しい音が、再び戦場に響いた。



「…………俺らの……勝ち、だ……」


 呟いたのはボロボロのマッスル冒険者だった。


 ……タフさでは今まで会った中で一番だと思う。


 ただし、重々しい音というのは、マッスル冒険者が立ち上がった音でもなければ、苛立ち紛れに地面を割った音でもない。


 ボールだ。


 木製の……俺の身長程に直径がある球体が、空から降ってきた。


 ……中に戦闘民族でも仕込んでそうだな。


 なんて呑気なことを考えたからか。


 ボールがパカッと四つに割れて、


 人型だった。


 人型の……見たことがあるような無いような……人形だった。


 前の世界で言うところの、パペット人形によく似ていた。


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