第176話


 ……着地の衝撃って和らげられないのかなぁ。


 肉体を強化しているので怪我をするようなことはないのだが……周りの被害を抑えられるわけでもない。


 放物線を描いて飛んできた物体に対して、物理法則に基づいた衝撃が大地を割れば音も出る。


 派手な着地を決めた俺は戦場の注目を嫌でも引いてしまう。


 下草の生えた地面に罅とか入ってるし、当然と言えば当然か。


 しかしおかげさまで顔の確認が捗る。


「ここじゃないか……」


 満遍なく観察するつもりではあるのだが多少の運は必要だろう。


 運が良ければ直ぐに見つかる。


 そういうの悪い人はどうするのか?


 足で稼ぐのだ。


 総当たりですよ、箱の中にアタリがあると信じて。


「うらあああああ!」


 敵か味方かの確認も無く、近くにいた冒険者が金属製のハンマーを振り降ろしてきた。


 俺の知らない識別方法が存在するのだろう……あるよね?


 チラリと一瞥して視線を戻す。


 少なくともテッドやチャノスは鶏ヘヤートサカ付きではなかったよ。


 振り降ろされたハンマーを裏拳で砕く。


 バラバラになった金属塊が草原に降り注ぐ。


「…………あっ……!」


「気にするな」


 存分に戦争を続けてくれ、こっちはこっちの用があるから。


 流れ矢なのか狙ったものなのか分からない攻撃を躱しつつ、血と汗と臓物を撒き散らす集団へと切り込んでいく。


 お、強い人発見、ありゃ絶対テッドじゃねぇな。


 圧力に耐えうる一角で、襲い掛かる冒険者を一蹴する槍使いを見た。


 目的は足元に積み上げられた死体だが、その立ち居振る舞いは戦場にて一際目を引く。


 僅かな無駄も無く弧を描く穂先は、相手の喉を切り裂き、血で軌跡を残す。


 幾重にも刻まれる血の円が、戦場に描く絵画のようでもあった。


 戦闘を楽しんでいるのは浮かべている笑みからしても間違いない。


 ダンジョン下層レベルの冒険者のようだ。


 隔絶された実力者達の戦闘が脳裏を過ぎる。


 そんなのが戦争に参加するのかぁ……。


 溜め息を吐き出して距離を詰めた。


「……は? お前何処から湧いた?」


「気にするな、続けろ」


 意気揚々と槍を振る冒険者の足元で、踏み付けられて原型が無くなってきている死体を裏返した。


 込み上げてくる吐き気を我慢しているせいか、返事が素っ気ないものになるのは仕方なかった。


 ……うるせぇなぁ、どいつもこいつも……少し静かにしてくれ。


 死者か生者か分からない奴らから轟く声が耳にキンキンと響いて……コメカミが痛くなってきた。


 まだ魔力には余裕があるというのに――――気分が悪い。


 検分する死体の中には青い髪の男はいなかった、勿論だがテッドやアンもいなかった。


「あっそ」


 死体漁りをする俺の心臓を目掛けて、最短距離を槍が貫いた。


 苛立ちのままに穂先を掴み取り――握り潰した。


「ああ、そうだよ」


 槍使いは直ぐさま槍を回転させて石突で俺のコメカミを狙ってきたが、前蹴りで槍を圧し折って鳩尾を蹴飛ばしてやった。


 ボールのように飛んでいく槍使いを見送りながら、穂先の破片がパラパラと手から零れ落ちた。


「テメェ!」


 槍使いのパーティーメンバーが即座に反応して襲ってきたが、無視を決め込んで隣りの冒険者の顔を確認した。


 相手側の冒険者に用はないのだ。


 しかしそうは問屋がおろさないとばかりに、突如として生まれた数個の火球がこちらを目掛けて飛んできた。


 ああ、そうか……向こうはパーティー単位で編成しているのだから、メンバーの中に魔法を使える奴が居てもおかしくはない。


 一つ一つは握り拳大といった火球……特に警戒する程でもないと足を早めた。


 火球を最小限の動きで躱しながら、より混戦となっている地帯へと近付く。


 地面へと着弾した火の球が、土砂と火の粉を撒き散らす。


 土煙を引き摺るようにして、剣を打ち合う冒険者を次と定める。


「くそ?!」


 突然現れた俺を敵だと思ったのか、振り降ろす先がこちらへと変わったテウセルス側冒険者。


 その隙を突かんとばかりに、デトライト側冒険者の剣が、そいつの喉元を目掛けて振られた。


 振り降ろされた剣を半身になって躱し、首を刎ね飛ばさんとした剣を拳でかち上げて軌道を曲げた。


 仕切り直してくれ。


 お互いに距離を取れと突き飛ばし、目ぼしい冒険者はいないかと戦場を目を皿にして見渡した。


「キャアアア?!」


 突然として聞こえてきた、随分とかん高い叫び声に、引き寄せられるようにして走った。


 似てる……!


 バックラーを砕かれて腕を押さえる女冒険者が、そこにはいた。


 今まさに命を消さんとばかりに斧槍が振り下ろされている。


 飛び込んだ勢いのままに斧槍を殴り砕いて、冒険者の顔を確認する。


 長い髪をカールに纏めた線の細い感じの女冒険者だった。


「紛らわしい」


 似ていたのは声だけだったようだ……。


 目を白黒させる女冒険者を捨て置いて、斧槍じゃなく鉄パイプになった武器を振り回す冒険者を殴り飛ばした。


 八つ当たりである。


 ごめん。


 ああ、くそっ。


 何処かに……何処かにいる筈なんだが。


 何処にいるんだよ?


「なんか……派手な合図とか上げてくれよ」


 焦りを含んだ徒労感に、諦めにも似た呟きが僅かに漏れる。


 内容は神頼みに近い人任せ。



 戦場は応えてくれた。



 鈍い爆発音のような音が背後で上がった。


 釣られるように振り向けば、土煙と共に巻き上げられる人の塊があった。


 随分な一撃である。


 引き寄せられるように視線を落とせば、大き過ぎる両刃の斧を振り上げる巨漢が存在した。


 一撃で人のを空へと躍らせるのだから、その膂力は彼のバーゼルを思わせる。


 ……凄い奴がいるんだなぁ。


 どこか他人事のように口を開けて、ほぼ反射的に被害者の中にテッド達がいないかと探して――気付く。



 今まさに襲われんと対峙する冒険者の中に、金に近い茶色の髪をセミロングにした――――



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る