第175話


 ……確認が面倒だな。


 総勢で何千人という規模で争っている最前線にうんざりとした気持ちになる。


 万単位といかないのは平原の大きさ故にだろう。


 山間の平野部、しかも互いに関所のように壁を設けているので、送り込まれる人数にも限界があるのかもしれない。


 それでいて補給線が確保されているのなら……なるほど、戦争が長引くのも仕方ないと思える。


 互いに減った分だけ人も物も送り込み続けるんじゃ、終わりは見えないよなぁ…………やっぱり不毛じゃね?


 横陣展開する軍の端から斜めに切り込む。


「誰だ! 冒険者か? 所属を述べろ!」


 近付いてくる黒ずくめに警戒した兵士が誰何の声を投げ掛ける。


 しっかりとした道徳観念をお持ちらしい、夜道も安心。


「日本だよ」


 呟いた声は聞こえたかどうか……持ち上げられた槍からしてどちらでも良さそうではあるが。


「なんだ?!」


「指揮官殿に報告!」


「速いぞ?! 敵か? 敵だよな?! 間に合わねえ! 抜剣しろ!」


 一つの中隊に騎乗者が一人。


 恐らくは指揮官だろう。


 歩兵大隊を三陣展開させて、それぞれ右、左、やや前方と行軍している。


 後方に備えているのが……騎馬隊か? 機動力を殺すような布陣だが……。


 ここが魔法を派手に打ち込んでいたのは確認している、つまりは貴族で間違いあるまい。


 やけに豪勢な装備だし。


 行軍を続けている兵士の更に前にいるのが冒険者の混成軍だ。


 既に乱戦を行っているが、どうやらこっちも戦士と魔法持ちで分けられているようだった。


 盾持ちの後ろにいる杖を持っている冒険者が魔法を使える奴らだろう。


 パーティー単位ではなく、役職を固めたような配置である……言われた通り。


「ここまで当たると怖い通り越して……」


 凄い怖い。


 相対する向こう側の冒険者軍はパーティー単位の活用をされている。


 突破力はあっても防衛向きじゃないような布陣である。


 しかも圧力に押し負けている。


 なるほど。


 


 もはや砦前に布陣するだけの一個大隊となった敵軍からしても、ここまでの攻勢の勢いが窺える。


 本来ならこの後に起こる攻城戦が最も厄介なのだが、魔法という超兵器が存在する以上、防衛には不向きなのだろう。


 あるかどうか分からないのだが、防御重視の魔法というのを見たことがない。


 先程の魔法の撃ち合いも弾幕を張っていた。


 攻めが有利なのは間違いない。


 だからこうなる前に押し返すか踏み留まるかするべきなのだが、今回はこちらの作戦が上手く嵌った……もしくは向こうの失策が続いた――――ように思わされたのだろう。


 そして、たとえこれが策だと分かっていても『懐まで押し込めば勝てる』という認識があるようで、踏み込まざるを得ないらしい。


 罠だろうと食い破れる、何をしてももう遅い、勝ち確定の距離。


 甘い誘惑である。


 高いリターンに踊らされるように、テウセルスの領主はキメに来ている。


 周りの領主への牽制や七剣への対応を考えればそれも頷ける。


 恐らくは向こうの砦に第二陣、第三陣が既にスタンバっていることだろう。


 逐次投入は相手の出方次第を窺っているからで、砦まで到達したら遠慮はすまい。


 念の為に七剣も中間距離に置いたから、保険もバッチリ! ってか?


 ごめんねー。


「わっ?」


「上だ!」


「バカ射るな! こっちに当たる?!」


 充分な距離を取っていない行軍中の兵士の合間をすり抜ける。


 突き出される剣を躱し、相手の肩や背中を軸に乗り越え、踊るように前線へと近付いていく。


「おのれ! 間者か! 我が『風』の餌食にしてくれるわ!」


 魔力の高ぶりに目を向ければ、騎乗している鎧甲冑が指揮棒のような杖をこちらに向けて叫んでいた。


 唱えられる呪文を聞き流しつつ、すれ違う兵士の顔を確認していく。


「違う、違う、違うなぁ……」


 呪文が完成し、魔法が発現する。


 指揮棒のような杖を真一文字に振り抜いた指揮官。


 杖の軌跡に沿って不可視の斬撃が飛んでくる。


 後出しのように手を翳す。


「バカめ! もう遅いわ!」


 居丈高に吠える指揮官を無視して手の平から風の刃を放つ。


 相殺された風が、解けるように強風を生む。


 場に満ちる風にローブを靡かせながら、軍を抜けた。


 もたもたしていると追撃が来るのだ、しかも味方も構わんと撃ってくる。


 ユラユラと踊るように戦場を横断していく。


 血に染まる大地を踏み締めながら、亡骸に知っている顔がないかと確認を取る。


 飛んでくる矢は届かなかったり外れたりと、最初に相手をした射手に比べれば随分と練度が落ちるようだった。


 ただ冒険者軍に近付いたせいか、後方に居る杖を持った冒険者に指を差されるようになった。


 ……あんなあからさまなローブ姿じゃないよなぁ、たぶん。


 テッドはどちらかと言えば剣士の格好に憧れてを抱いていたし。


「今のところは……見当たらないな」


 幸か不幸か。


 鼻につく鉄の臭いが濃くなってきた。


 鼓膜を破らんばかりに震わせる怒声や、気合いなのか断末魔なのか分からない絶叫も、随分と近い。


 冒険者軍の最後方の声も拾える。


「誰だ、あいつ」


「トイレに行ってて遅れてきたとかじゃね?」


「……撃たれてねーか?」


 幾分か雑な姿勢なのは、最前線でも盾持ちに護られているという安心感があるからだろう。


 後ろも前も味方ばかりだからな。


 ここは楽に越えられそうだと、足に力を入れて冒険者軍の真ん中へと飛び込んだ。


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