第173話 *テウセルス側指揮官視点


 ツイてない。


 そう感じたのは、テウセルスの一指揮官として任命された時だ。


 手柄を上げただとか家柄が良いとかではない……なんのことはない。


 単純に先任が死んだってだけ。


 俺は穴埋め要員ってやつだ。


 当代のみが貴族として認められる騎士爵位だった実家は、どこをどう転がったのか昇爵して男爵位となった。


 準男爵を越えての昇爵には、親父も喜ぶより先に顔を青くさせていた。


 貰った領地は片田舎だったが、元々都会気質の無い家としては逆に良かった。


 望外の幸運。


 まさに一族の運を全て使い尽くしたんじゃないかと思う一事に家族も不安を抱えていた。


 なんせ昔から「お前たちは平民として生きていくことになる」と親父から言い聞かせられていたから。


 まさか貴族家の末席に座ろうことになるとは、人生ってもんは分からない。


 元々田舎者の成り上がり騎士だった親父には貴族の世界なんてチンプンカンプンで、教育を受ける俺達にしても手探りで貴族としての生き方を学んだ。


 兄貴は親父の跡を継ぐことにガチガチに緊張して痩せたし、妹は貴族家の義務とやらで結婚するということが理解出来ていなかった。


 兄貴が死んだ時のために同じ教育を受けていた俺としては、しかし基本的には平民に落ち着くもんだと思っていた。


 特に魔法の才能なんて無かったが、それでも騎士の家だからと受けた教育は平民に落ちたとしても役に立つだろうと分かっていたし、兄貴と妹には悪いが気楽な立場に感謝した。


 さて兄夫婦に長男が生まれ、無事にお役御免となった俺。


 冒険者でもやるかな、なんて考えていた時に兵士になることが決まった。


 そこからは流されるままに転属からの転属。


 貴族籍はあるが平民と変わらない次男。


 扱いやすいのか扱いにくいのか微妙な存在だった俺は、流れ流れて毎年のように戦争が起こる領地の分隊長として落ち着いた。


 その理由も人手不足っていう……なんともしまらないものだったが。


 五年死亡率が三割という死地じゃ、誰でも嫌がるだろうさ。


 一分隊を預かる分隊長になった俺の任務は「なるべく兵を減らさないこと」……だとさ。


 じゃあなんで戦争ケンカなんてやんだよ。


 愚痴が浮かんだところで、お偉いさんの事情なんて末端には理解出来ないことばかりなのだ。


 粛々とやるべきことをやるだけ。


 幸いなことに部隊の奴ら気のいい連中だった。


 適度な距離を保ちつつ、練兵からの実戦、配属から一年も経たずに昇進。


 目まぐるしく変わる情勢に、正直ついて行けなかった。


 昇爵したというのに青い顔だった親父の気持ちが今ハッキリと分かったよ。


 数人の統率の筈が、数十人…………そしてまさかの百人規模になった。


 バカなんじゃねえ?


 ほんとにツイてない。


 一族の幸運を寄せ集めて固めたような人生を生きた親父が、自分の成り上がり譚に頻りと首を傾げるのは、こういう気持ちだったのかもしれない。


 酒に酔うといつも「……どうしてこうなった?」と嘆いていたから。


 同感だ。


 もしかしたら一族の不運を背負ってしまったのかもしれねえ。


 がむしゃらに戦場を生き抜いた。


 当初の隊なんて、もう一人も残っちゃいなかった。


 いつまで続けんだよ……幸運はいつまでも続かねえんだけど?


 せめて生きて帰って実家に連絡を入れてえなぁ、なんて思っていたら戦線に動きがあった。


 どういうことか、こちらの策が面白いように決まり出したのだ。


 連戦連勝が続き、ハッキリと戦線を押し上げる成果に繋がった。


 ショボかった部隊員が補強され、増員として送られた冒険者が代わりに戦線を受け持った。


 随分と数を集めたのか、やたら若い奴が目立った。


 擦り切れた精神に深い考えなど浮かばず、とにかく休めるんならと交代に飛びついた。


 しっかりと休養を貰ったら再び戦場へ。


 随分と相手の砦が近くなっていた。


 魔法を使える虎の子の騎士団も配属されていて、今回の戦にご領主様がどれだけ本腰を入れているかが分かった。


 しかし小競り合いと言えなくなった規模に、俺もここまでかもな……なんて厭世観が湧いた。


 最右翼の一個中隊を任された。


 最前線を冒険者が受け持っているのは……言っちゃなんだが代えが効くからだろう。


 余計なことを言って厄を貰ったら堪らないので黙っちゃいるが……生き残れる確率は薄いな。


 俺も最初はそこに居たのだから分かる。


 撃ち落とされた火球ファイヤーボールが前線に落ちて爆ぜる。


 ……敵も巻き込むので良しという考えらしい。


 戦場ってのはイカレてる。


「中隊長!」


 それでも生き抜かにゃ帰れんと気合いを入れていると、副官が注進してきた。


「なんだ?」


「敵接近の狼煙が上がっております!」


 振り向けば確かに、開戦の合図ではない狼煙が、かなり後方から棚引いていた。


「……接近もクソも、もうおっ始まってんじゃねえか。何をとちくるってんだ?」


「後方からではないでしょうか?」


「後ろぉ?」


 振り返れば自分が率いる隊と、死屍累々の大地が広がるばかりだ。


 伏兵を警戒しているので、倒れた死体は二度刺すように徹底している。


 生きてる奴なんて……。


「…………なんだあれ? おい、見えるか?」


 自分の目の錯覚かと思い、隣りで馬を引く副官に訊いてみた。


「……自分にも見えます。黒い……黒い靄? 黒を滲ませたような…………人……です、かね?」


「わからん」


 既に生ける者のいなくなった死地に、何かを探すかのように飛び回り続ける人影があった。


 死体に近寄って離れて、離れては近寄って……まるで死者から何かを吸い取っているような素振りだった。


 ……魂を刈り取りに来た死神だと言われても頷けそうだ。


 恐ろしく速い。


 ギリギリ視認出来る速度で、次々に死体を見て回っている。


 離れているからこそ分かるが、これが近くにあったなら姿を追えたかどうか……。


 そんな存在が近付いて来ている。


 黒いローブを着た……人か? フードの奥にある顔が骸骨でも驚かない自信があるぞ。


「副官、撃てるか?」


「この距離なら外しません」


 隊の窮地を何度も救ってきた副官の弓の腕に頼る。


 あんなのに近付かれては堪らない、遠距離から仕留められるんなら遠距離に限る。


 じゃあ魔法を、なんて言われてもこの中隊に魔法を使える奴はいない。


 なんせ魔法なんて上等な者が使える奴は、砲撃部隊に取り上げられちまうからな。


 これがこちらの唯一と言える遠距離攻撃手段なのだ。


 他の誰にも引けなかった強弓に、副官が矢を番えた。


 隊の奴らも気付き始めたのか動揺が広がっていく。


 収めるなら早いほうがいい。


「撃て」


 俺の指示に従って副官が矢を放つ。


 空気を切り裂く甲高い音が響いた。


「当たったな?」


 間違いなく矢は黒ローブを捉えた。


 確認するように副官に声を掛けたのだが……答えは返って来ない。


「副官? どうした?」


「…………」


 奇妙に思い、もう一度問い掛けるが、やはり答えは返って来なかった。


 ひたすらに汗を掻く副官が、そこには居た。


「おい? 本当にどうした?」


「…………バカな、この距離で…………受け止めた……?」


 呟かれた台詞に怖気が走る。


 副官の強弓は、視認出来ない速度で矢を放つ。


 しかも二百歩の距離を正確に貫く。


 もはや隊から五十歩を切った人間に当たらないということは……。


 その時、黒ローブが掴んでいた何かをぞんざいに捨てた。


「……バカな」


 奇しくも副官と同じ台詞を吐いていた。


 放たれた筈の矢が、強弓に耐えられるような特注品である矢が、見た覚えのある矢が、戦場に転がった。


「全員抜剣! 弓隊番え! 戦闘よーーい!」


 直ぐさま戦闘態勢に入った。


 もはや前進する隊から取り残される形になるが仕方ない。


 他に気付いている隊もいないようなのだ。


 見逃せば挟撃されかねない。


 たった一人だ、問題ない!


 むしろ一人だからこそ……という不安を飲み込んで、虚勢を張らんと声を張り上げた。


「所属不明の敵を発見! これより掃討する!」


 ……あーあ、なんてツイてねぇんだ。


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