第171話
脳天に響く筋肉痛のようなものに耐えながら走った。
消費魔力は二割といったところか……。
回復魔法を使うべきか否か、判断が難しい。
とりあえず魔力消費を避けるために身体能力強化の二倍だけで駆けている。
目指すは濛々と上がる土煙の塊だ。
随分と向こう側の砦に近い、恐らくは最後の一押しと特攻しているのだろう。
まずは小手試しとばかりに遠距離攻撃を撃ち合っている。
弓は勿論のことだが、やはり目立つのは戦場の上を幾筋も飛び交う火の玉だろう。
互いに打ち消し合って派手な花火と散っていく。
幾つか地に落ちた火の玉に、何かが爆ぜ飛ばされて宙を舞う。
「……急ごうか」
チラリと脳裏を過ぎった想像を、振り払うように呟いて気合いを入れ直す。
身体能力強化と肉体強化の魔法の併用は、各々を単独で使うより遥かに強い力を与えてくれる。
単独強化の四倍と併用強化の二倍は同じぐらいの威力を持っていると見ている。
しかも併用強化の場合は、単独強化と違い両方の能力値が上がるのだ。
どう考えても後者を使用するべきだろう。
しかしリスクの面で問題が存在する。
魔力消費が異常なまでに高い。
一つ一つ別々に使った方が遥かにコストを抑えられると思う程に。
おまけに重ねれば重ねるほど……両強化中に他の属性魔法などを使用すればするほど信じられないぐらい魔力が目減りしていく。
それでもまだ『魔力だけなら』なんて考えがあったのだが……。
両強化魔法の四倍併用は――体に痛みが残るように感じる。
今までも使う場面があったのだが、その時々に体を酷使していたもので、深く考えずに原因を求めて来なかった。
ましてや魔力の減少に基づいて体に変調が起こるなんて知識を得たものだから、多少の不具合はしょうがないものなのだと割り切ってしまっていた。
しかし今日は充分な魔力が残っていて……三倍までの強化を解いた時には感じない痛みを感じる。
間違いないと思う。
……そもそも肉体に作用しているものなのか?
筋肉痛のような痛みがある……確かにある。
頭に響く、ともすれば臍を噛みそうになる断続的な痛み方をするが……。
時間と共に抜けていくのだ。
なんの痛みなんだろう?
…………これを初めて使ったのは何年前だったかな? その時も似たような症状だったような……?
ダメだ、思い出せない。
そもそも痛いのなんて毎度のこと過ぎて記憶に無いっつーの。
テッド達とのチャンバラなんて寸止め
アンとのマラソンは死にたくなるし。
ケニアの創作料理に至ってはデフォルトで記憶が飛ぶ。
真似して料理するテトラで二度飛ぶ!
大抵はターニャが起こしてくれるんだけど……記憶が飛んでいるせいか、食べる時に一緒に居た記憶が無いんだよなぁ。
あの食いしん坊がである。
ハハハ、あり得ないよなぁ? やっぱり記憶障害だよ。
モモが生まれてからは、今までテトラの相手を欠片もしなかった連中がモモを構いたがるし……そのくせオムツも換えれないで慌てるのだ。
ターニャが連れてきたモモに「見てろよ?」なんて笑い掛けてテッドとチャノスがチャンバラを始めて、暇を持て余したアンが「ちょっと走ろうか?」なんて笑顔で地獄マラソンに誘ってきては、ケニアがチャノスが居る時に持ってくる成功料理を皆で食べる……。
饐えた血と汗の臭いが俺を現実に引き戻す。
ぶち撒けられた脂に引火した残り火が点々と戦場を彩り、怒声と叫声をアンサンブルに金属と肉体がぶつかる音で意識を留める――
鼻を刺す臭いにも、黒く染み込んでいく大地にも、興奮したように人とは思えない叫び声を上げる兵士にも、……なんにも、興味を持てない空間だ。
ああ、ちくしょう……。
間近に迫る戦場に背筋が震えた。
意識の空白を衝くように形にならない何かが……何か……。
何かを忘れているような気がする。
――――――――置いていけ、俺が請け負う
誰かが不安を取り除いてくれているように感じる。
――――――――取り戻せ、幼馴染が待ってる
……なんだっけ?
俺は……ああ、そうだ。
テッド達を連れ戻しに来たんだ。
「……うえ、グロいなぁ」
十八禁も下に観るような戦場を、知っている顔が落ちていませんようにと思いながら見渡す。
まさか無視も出来まい。
……サンチがガンガンにケズラレちゃうヨ。
明らかに違う体格の死体を吐き気を堪えながら見飛ばして、ターニャの作戦を思い出す。
ここに来た主目的は、幼馴染を連れ帰ることにある。
首に縄を掛けて引っ張って帰れば解決、なら良かったのだが……幾分しっかりとしているらしい身元管理。
脱走対策もあるという。
なので、ここで立てた目標は二つ。
一つは、当然ながらテッド達の生存確認だ。
これで死んでしまわれたら元も子もない。
さっさと帰るだけである。
この一ヶ月超はなんだったのかとなる。
ほんと……死んでたら殺してやろうって思うよ。
「ケニアがあの歳で未亡人とか……あり得ねえぞ、チャノス」
体を深々と斬られた見たことのない男の顔を最後に、最前線へと目を向ける。
まだ生きてるん……だろう、たぶん。
つまりはあの狂乱の宴に参加している最中ということだ。
少しばかりの安堵を覚えつつも、ターニャの予想する最悪に近くなったなぁと思う。
ターニャは別にテッド達が四肢欠損してようが不遇になってようが構わないと言っていた。
……そこは生きてて良かったって言って欲しかったよ、おじさんは。
テッド達に怒っているとしてもね? うん。
そんなターニャだから、想定している最悪もテッド達が死んでいるなんて安易なものじゃなく……。
ここばかりは意見の食い違いがあった。
『五体満足に生きている』が最低条件だと思う俺に、『アンがとりあえず戻ってくるならいい』と言うターニャ。
そのためにはテッドの帰還が必要なのも、ターニャが腹を立てている理由なのだろう。
それでもしっかりと予想してくれたのだから、憎からずは想っているのだろうと思う。
角材の素振りは見なかったことにしよう。
何を叩いていたのかなぁ? 随分と執拗に叩くなぁ、なんて考えていたのだが、あれは素振りだよ素振り……うん、素振り。
そんなターニャが立てた目標の二つ目。
……これがまた随分と無茶振りに感じたのは俺の感性が変だからじゃないだろう。
戦争が続く限り、テッド達は帰れない。
なら戦争を終わらせてしまえばいい、というのがターニャの考え。
頻りに「大丈夫。レンなら大丈夫」を連呼してたけどさぁ……。
一回ターニャと『大丈夫』について話し合う必要がある。
「ハアアアアアアア!!」
「死ねええええええええ!!」
「クソがあああああアアアア?!」
戦場で切り結ぶ兵士を見ながら、そう思わざるを得なかった。
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