第170話


 手を出すつもりは無いのか――それとも反応出来ないのか。


 近衛と思わしき騎士を置いてリーゼンロッテが前に出てくる。


 ――――一瞬で終わらせてやる。


 既に戦端が切られた事と、魔力消費を抑える意味も含めて、あまり時間を掛けないと決めた。


 さすがに国の最高戦力とだけあって、両強化魔法三倍の動きにきてはいるが……それだけだ。


 恐らくはバーゼルとどっこいといった実力なのだろう。


 おかしなまでの自信と客観的な化け物っぷりにも頷ける。


 それも死を越えて別の世界で他の人生を生きている誰かと比べなければ、と頭に付くが……。


 ここ最近で随分と動かし慣れてきた体が、違和感なくイメージ通りの動きを叶える。


 軽やかに跳躍すると、馬の額に着地した。


 驚きと共に剣を横薙ぎに振ろうとしている様は流石だが……。


 動きはコマ送りのそれ。


 武器を破壊して落馬させれば追い付いて来ないだろうか? いや、どうせ頑丈さも規格外なのだろう。


 思いっきり殴っとこう。


 男女平等が異世界の掟、戦場の習わし。


 剣が俺の体を薙ぐ前に、振り被ったテレフォンパンチが、リーゼンロッテの立派な鎧に到達する――――筈だった。


 急に、それこそ再生ボタンを押されたかのように、突如として、リーゼンロッテの動きが速く、普通に見えるレベルまで跳ね上がった。


 咄嗟に前方宙返りといったアクロバティックな動きで剣を躱し、リーゼンロッテの頭頂部を越え、馬の臀部に着地した。


 嫌な予感がしたのは一瞬。


 これが馬鹿に出来ないと学んだのは異世界に来てからだ。


 無意識の警報に促されるままに体を倒した。


 ヒュッ、という鋭い風切り音と共に、一瞬前まで体があった位置を剣が通り過ぎる。


 ここはマズい――!


 転がり落ちるように馬の尻を後にした――切り返された剣が鼻先を掠めていく。


 地面に落ちていく中で、リーゼンロッテの動きを追った。


 馬そのものの動きは速くなっていない……やはり速度を増したのはリーゼンロッテだけのようだ。


 体を反転させて地面に降り立つ。


 突撃の勢いのまま離れたリーゼンロッテが、手綱を引きながら方向転換してくる。


 仕切り直し…………いや、相手の表情からして今の一合は負けの部類にあるらしい。


「ふぅ……驚きました。やはり戦場は違いますね。のが一瞬でも遅れていたら負けていました」


 そう言って光り輝く剣を横に振るリーゼンロッテ。


 光は水のように伝播して、リーゼンロッテの体を薄く覆っている。


 明らかなマジックアイテム。


 前後の違いからして、あれが急に速くなったカラクリの元になっているのだろう。


 …………ズルい?! 俺もああいうのが欲しい!


「……魔道具マジックアイテムか?」


「魔道具……という言い方をされたのは初めてですね。聖剣として賜っているのですが……」


 動揺を誤魔化そうと呟いた声に、リーゼンロッテは応えてきた。


 余裕だな。


 ああ、そういう? ってか初めて見る聖剣が自分に振るわれるとかありなのか異世界?! どうなっとんじゃ神管理ぃ!


 今の一合で実力は知れたと言わんばかりに微笑を称えるリーゼンロッテ。


 少しばかり剣の光を強めながら言う。


「まさか卑怯だなんて言いませんよね? 戦地において魔道具が使われるなんて、ありふれたことなのですから」


 先程の失言を誂うような言葉にカチンと来たので、ブラフを交えて言い返す。


「問題ない。こちらも魔道具は使っている」


 実はレライト君だと気付くまい? 凄いだろう! このローブ!!


隠者の天蓋ハーミット・ローブ


 ドキッとしたのはターニャから教えられたこの魔道具の名称を呟かれたからだ。


「……に、よく似ていますね? そのローブ。微量とはいえ魔力を吸い続ける呪われし一品カースドアイテム。まさか戦場に着てくるようなことは無いと思うのですが……。貴方を倒した後に、貴方の顔を見るのが楽しみです」


「悪趣味なんだな」


 別にイケメンとちゃうぞ?


「そんなこと言われたのも初めてです」


 クスクスと笑いながら、リーゼンロッテが馬から降りた。


「いいのか? 逃げられるぞ?」


「むしろ逃さないためです。私は戦場をと決めました。まさか『七剣』に比する程の実力者が居るとは夢にも思わなかったもので……」


 喋りながらも近付いてくるリーゼンロッテ。


 背中から轟いてくる戦場の声に焦りが募る。


「そんな実力があるんなら、後ろの戦いに参加してさっさと勝ちを上げればいいだろ?」


「……どうやら敵国デトライトの人間でもないようですね。我が国に『七剣』があるように、彼の国にも切り札が存在します。一つ二つ落ちるだけでも、相当な国力を失いますし……何より私達の体力も無限ではないので。『量』で対抗されることもあるんですよ?」


 一騎当千であっても、万軍を突破出来る程じゃないということだろうか?


 一歩一歩と、リーゼンロッテは間合いを詰めてくる。


 そこには勝利するという自信が垣間見えた。


「ごめんなさい、貴方の実力が高過ぎて加減は出来ません。言い遺すことがあれば聞きましょう」


「寿命が来る前には用意しておこう」


「……名は?」


「二度と会うことはないのだから不要だろう?」


「…………そうですか」


 キンキンと、何処かで見たようなエフェクトを出す剣に不吉なものを感じながら、こちらも切り札を切ることにした。


 魔力は十二分に残っている――発動も一撃に限ろう。


 未だに遠いと思える間合いで、リーゼンロッテが剣を上段に高々と構えた。


 恐らくは遠距離攻撃なのだろう、いつの間にか俺の後ろから避難している騎士団にその攻撃の影響範囲を予想する。



 ――――行こう。



 振り下ろされる破滅的な光の中に、その瞬間に。


 同じく破滅的な何かを宿しながら飛び込んだ。


 振り切られる前の聖剣とやらを弾く――その余波だけで地面は罅割れクレーター状に凹んでいく。


 爆破的な破壊の光は目標を見失いながら荒れ狂い、攻撃を逸らされた剣の主が驚きに目を見開く。


 裏拳で利き手と思われる剣を握っていた方の腕を潰し、右膝を踏み割った。


「――――――――ァアアアッッッ?!」


 苦痛の声に膝を折るリーゼンロッテが、痛みを耐えんとばかりに口の端から血を流す。


 落ち窪んでいく地面に残される少女と目が合ったのは一瞬。


 罪悪感から直ぐに目を逸らしたのだが、相手にはどう映ったのやら……。


「ま、待ちなさ――――!」


 騎士が避難するために拓かれた道を、逃げるように駆け抜けた。


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